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<title>ONESTORY</title>
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<description>ONESTORY</description>
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  <title>ONESTORY</title>
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<title>テーマパークのその先へ。
ハウステンボスが描く「未来の余暇」と、新しい地域のかたち。</title>
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<pubDate>Tue, 08 Sep 2026 09:00:00 +0900</pubDate>
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<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260227191514_69a16eb2310b9.thumb" alt=""></p>
<p>これまで「DINING OUT ARITA」や数々の取材を通して、西九州エリアの地域の価値づくりに向き合ってきたONESTORY。そんな我々がいま注目しているのが、ハウステンボスを起点に動き始めた「西九州・肥前」の広域連携の取り組みです。

今回お話を伺った、ハウステンボス社長であり、新たに設立された一般社団法人肥前の理事も務める・髙村耕太郎氏が「西九州・肥前」と呼ぶのは、ハウステンボスから車で概...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4482" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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<![CDATA[
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260227191514_69a16eb2310b9" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>これまで「DINING OUT ARITA」や数々の取材を通して、西九州エリアの地域の価値づくりに向き合ってきたONESTORY。そんな我々がいま注目しているのが、ハウステンボスを起点に動き始めた「西九州・肥前」の広域連携の取り組みです。<br />
<br />
今回お話を伺った、ハウステンボス社長であり、新たに設立された一般社団法人肥前の理事も務める・髙村耕太郎氏が「西九州・肥前」と呼ぶのは、ハウステンボスから車で概ね1時間圏内に広がるエリアのこと。佐世保市を中心とする「西九州させぼ広域都市圏」も、その範囲に含まれ、ハウステンボスはこの「西九州させぼ広域都市圏」と協定を結びつつ、行政区分を越えた視点で地域価値を捉え直す取り組みを模索しています。<br />
ONESTORYはこの挑戦を支援し、ともに価値づくりをするパートナーとして、ハウステンボスと「食と地域の価値創造」を目的とした包括的業務提携を結びました。<br />
<br />
そんな西九州・肥前の今と未来を紐解くべく、今回ONESTORY代表・大類知樹が訪ねたのは、ハウステンボス代表取締役社長執行役員CEO・髙村耕太郎氏。九州を代表するテーマパークを牽引しながら「従来のテーマパークとしての役割だけでは物足りない」とその先を語る髙村社長。その視線の先にあるのは、西九州・肥前を舞台にした&ldquo;余暇の再編集&rdquo;でした。<br />
<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260227191556_69a16edca44b3" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span></span>人生の豊かさを左右する余暇の過ごし方</h4><p>大類：<br />
まず伺いたいのが、ハウステンボスが「これから描く未来」についてです。ハウステンボスといえば世の中の見え方としてはテーマパークですが、髙村さんの中では、その先にどんな景色がありますか。<br />
<br />
髙村社長：<br />
もちろんハウステンボスというテーマパークのクオリティを上げることはこれからも続けていきます。しかし、これからの未来を考えると、テーマパークとしての役割だけでは事業としても社会に対しての役割としても物足りないと思っています。テーマパークというものは、大きな意味で言うと「余暇」という産業に属しますよね。そこで「未来の余暇」をもっと良くしていこうというのが現在の考えの基本です。<br />
<br />
大類：<br />
「余暇」って、あらためて口にすると強い言葉ですね。今のお話を聞いていて、ハウステンボスが施設というより、体験の価値や質を組み替えようとしているようにも感じました。<br />
<br />
髙村社長：<br />
僕は、人間の人生のクオリティって余暇の過ごし方で決まると思っています。余暇を豊かにすると、人生も豊かになっていく。そう考えた時に、地方でテーマパークをやってきた歴史や経験を踏まえて、地方から発信する余暇をもっと豊かな形にしていくことに貢献したいなと思いはじめました。そしてその舞台が、この西九州・肥前なんです。<br />
<br />
大類：<br />
髙村さんの中で、このエリアのどこに可能性があると感じていますか。<br />
<br />
髙村社長：<br />
西九州・肥前は本当にさまざまな歴史や文化が、短い距離感の中で多様な形で生きてきている場所。有田や伊万里という世界的に知られた陶磁器の街もあり、キリスト教の歴史に紐づく街もある。いち早く世界に向けて開かれた土地としての独特の文化もあり、九十九島などの自然の景観も素晴らしい。これらの資源をもっと使った形で、たくさんの人が触れて楽しんで、余暇が充実してくる世界観を作っていきたい。単に日本の最西端でテーマパークを頑張るだけじゃなくて、エリア全体の歴史文化を使って、人の余暇がもっと楽しくなるような輪の中心部にハウステンボスがある。それができたら素敵だなと思っています。<br />
<br />
大類：<br />
たしかに面として見てみると、西九州・肥前というエリアはコンテンツの密度が濃いですね。近距離で景色も文化も切り替わる。旅を作る側としても、魅力的なエリアだと感じます。<br />
<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260227191725_69a16f356a4bf" alt=""></p><figcaption>登り窯の廃材を積み上げたトンバイ塀が続く、有田の路地。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260227191754_69a16f52058aa" alt=""></p><figcaption>大小200以上の島々が波間に浮かぶ九十九島。自然の奥行きを、ひと目に伝える景色。</figcaption></figure>
<h4><span></span>「中心がなく、誰もが中心」だからこそ必要になる駆動部</h4><p>大類：<br />
先程「中心部」という言葉が出ましたが、地域全体が発展するビジョンの中で、ハウステンボスの役割自体も変わっていくのでしょうか。<br />
<br />
髙村社長：<br />
これまでの地域経済ではテーマパークのような分かりやすい集客施設が物理的な中心になり、周りに波及効果を与えることが期待されていました。しかしこれからは、そうではありません。中心がないというか、みんなが中心というか、そういう構造になっていくと思うんです。<br />
<br />
大類：<br />
「中心がない構造」は、まさに広域連携の難しさでもあり、面白さでもありますよね。皆がそれぞれやっていては連携の意味がないし、誰かが牽引しないと話が前に進みません。そこでハウステンボスが担う役割を、もう少し具体的に聞かせてください。<br />
<br />
髙村社長：<br />
エリア全体をひとつの面で捉えて、ひとつのブランド観光地として成長させて、観光客に楽しんでもらう。そのためのプロダクト、サービスを回していくには、誰かが駆動部にならなくてはいけません。<br />
たとえば行政は制約も多く、また他の自治体には目が届きにくい。かといって民間でも中心になれるような存在が今いるかというと、なかなか見つからない。行政区分を超え、西九州・肥前全体をひとつのプロダクトにまとめていく役割を担えるのは、ハウステンボスしかないのではないかと思っています。<br />
<br />
大類：<br />
ここは、今回の話の中でもとくに強い「意思」を感じる部分です。ハウステンボスが「地域の駆動部になる」と言い切るのは、簡単なことではない。だからこそ、その発想の起点、原点を伺わせてください。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260227191937_69a16fb9021b9" alt=""></p><figcaption>テーマパークのその先にある「未来の余暇」について語る、ハウステンボス代表取締役社長／一般社団法人肥前 理事・髙村耕太郎氏。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260227192001_69a16fd17bafe" alt=""></p><figcaption>エリアの可能性を掘り下げるように髙村社長へ問いを重ねるONESTORY代表・大類知樹。</figcaption></figure>
<h4><span></span>原点は「創業理念への回帰」だった</h4><p>髙村社長：<br />
実はハウステンボスの創業理念に立ち戻ると、明確にテーマパークを作りたかったわけではありませんでした。経済と環境のコンフリクトが生まれてくる時代の中で、「エコロジーとエコノミー」が共存する新しい未来を模索するなかで「街を作る」ところから事業が生まれています。<br />
そこから30余年の歴史のなか、紆余曲折がありながらもテーマパークとしての魅力を増すことに力を入れてきました。<br />
しかし地方経済が問題を抱える今だからこそ、創業理念に立ち戻り、人間が自然や他のものと一緒にもっと豊かに暮らせる社会を作ることが役割になっていくと思うんです。<br />
<br />
大類：<br />
「テーマパークの強化」ではなく、理念の回帰というわけですね。<br />
髙村社長が思い描くビジョンの話はよく伝わりました。<br />
次は、場所を移して園内を歩きながら、その理念を「どうやって外に伝わる形にしていくか」、具体策を聞かせてください。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260703114026_6a47211a0d1d3" alt=""></p><figcaption>取材の場は、園内を歩きながらの対話へ。理念がどう形になっているか、その現場を辿った。</figcaption></figure>
<h4><span></span>人口減少を前提に、従来のモデルから脱却を目指す</h4><p>大類：<br />
続いてはより具体的な戦略を伺います。まず、ハウステンボスが「テーマパーク単体のモデルから脱却しなくてはならない」という点についてあらためて、その背景を聞かせてください。<br />
<br />
髙村社長：<br />
ひとつの施設だけで事業を継続的に成立させるには、周辺部に人口が多く、豊かな経済レベルを伴っていないと難しい。今後、地方都市の人口は確実に減少しますし、それが増加に転じる見込みはまずありません。経済レベルも相対的に高いかというと難しい。だからこそ、テーマパーク単体で集客を単純目的とするモデルからは確実に脱却してなくてはならないと思います。<br />
<br />
大類：<br />
前提条件を直視した上での転換なんですね。そしてその時に鍵になるのが周辺資源、つまり西九州・肥前ということですね。<br />
<br />
髙村社長：<br />
周囲を見回してみると、他のテーマパークが持ってないような歴史や文化、食も含め、この地域には数多く埋もれています。それはいわば、広大なひとつのテーマパークのよう。つまりこれは理念や思想というより、ビジネスとして周囲のものを活用して土地のポテンシャルを上げる方が、自分たちの事業への還元も高くなると思っています。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260703114013_6a47210d8d2d3" alt=""></p><figcaption>西九州させぼ広域都市圏の核を担う、佐世保市の街並み。</figcaption></figure>
<h4><span></span>「西九州・肥前ってどこ？」から始める、ブランドづくり</h4><p>大類：<br />
ここからが難所だと思うのですが、「西九州・肥前」という言葉自体、まだ一般の認識が強いとは言えません。どこから着手しますか。<br />
<br />
髙村社長：<br />
まず西九州・肥前って言っても「どこ？」ってなりますね。僕らはハウステンボスから車で1時間程度の範囲と定義していますが、まずはこの範囲を観光地ブランドとして世界の人、日本の人に認識してもらえる状態に持っていくマーケティング戦略が必要です。<br />
<br />
大類：<br />
まさに「名前をつける」「輪郭をつくる」段階ですよね。さらに西九州・肥前の場合、範囲が広いため、地域の魅力が点在していて見つけにくいという特徴もあります。<br />
<br />
髙村社長：<br />
良いものはたくさんある。しかし、分かりやすく接点が持てる場所がほとんどなく、難易度が高い。知る人ぞ知るという状態で、体験までどう辿り着くのかの入口がわからないのが現状ですね。<br />
<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260703114007_6a4721074ea11" alt=""></p><figcaption>新上五島町・蛤浜海水浴場。透き通る海と白い砂浜が、五島列島の自然の豊かさを物語る。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260703114001_6a472101f3b9a" alt=""></p><figcaption>平戸ザビエル記念教会。キリスト教伝来の歴史を今に伝える、平戸の象徴的な佇まい。</figcaption></figure>
<h4><span></span>解決策は「ショーケース」──カルチュラル・オーベルジュ構想</h4><p>大類：<br />
ここで出てくるのが「ショーケース」という考え方と「カルチュラル・オーベルジュ」構想でした。あらためて狙いを教えてください。<br />
<br />
髙村社長：<br />
まずは各地域で、その地の魅力をショーケース的に見せられるポイントを作る必要があります。地域に眠っている歴史文化を、デザイン的にも洗練された形で見せる接点。その接点は宿泊施設だけではなく、そこで何を体験できるか、何を学べるか、何を味わえるかまで含めて「滞在の理由」を組み立てることが大事だと思っています。それらの総称「カルチュラル・オーベルジュ」という枠組みを考案しました。<br />
<br />
大類：<br />
なるほど。その「カルチュラル・オーベルジュ」の先に西九州・肥前ならではの着地がある。たとえば、食の体験、器やものづくりに触れる時間、祈りや歴史に触れる場、土地の人と出会うプログラム&hellip;&hellip;。そうしたコンテンツが束になって初めて、滞在が「短い消費」から「深い滞在」へ変わっていくのですね。<br />
<br />
髙村社長：<br />
世界的に見てもユニークで、可愛いオーベルジュが集積している地域として認知されること。それぞれのオーベルジュが土地の文化を洗練された形で表現していること。それが実現すると、世界でもかなりユニークな観光地になってくると思います。まずはひとつずつ、「カルチュラル・オーベルジュ」を立ち上げていくのが目標です。<br />
<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260703113950_6a4720f6aefd0" alt=""></p><figcaption>文化として根付いた、佐世保バーガー。地域の食が持つもうひとつの顔。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260703113946_6a4720f241ef0" alt=""></p><figcaption>五島の海が育む新鮮な魚介。この地に眠る食の資源を象徴する。</figcaption></figure>
<h4><span></span>「滞在しないと面白くない」場所へ──&ldquo;長期滞在都市&rdquo;の発想</h4><p>大類：<br />
日本の観光はどうしても短期周遊になりがちですが、ここへの意識はどうでしょうか？<br />
<br />
髙村社長：<br />
日本やアジアは、長い休暇を生活に組み込む文化がまだ成熟してません。だからこそ「長くいないと面白くない」「長く滞在してこそ価値が出る場所」というイメージを作れたら面白いですよね。<br />
観光しているのか住んでいるのか分からないような、境界が曖昧になる場所としての滞在都市です。<br />
<br />
大類：<br />
「観光地」ではなく暮らしに近い余暇圏。ここが実現すると、西九州・肥前の見え方が根本から変わりますね。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4482_20260703113934_6a4720e62a328" alt=""></p><figcaption>地域の未来を見据えるようにヴィジョンを語る髙村社長。</figcaption></figure>
<h4><span></span>今の発信の目的は「お客様」より「仲間」</h4><p>大類：<br />
最後に、メディアとしても大事な部分を伺いたいです。発信の狙いは、観光客の獲得ですか？ それとも別にありますか？<br />
<br />
髙村社長：<br />
記事を通してお客様を集めるよりも、この事業を一緒にやってくれる仲間を集めていく方が、今の段階では重要です。<br />
地域の競争は激しく、新しいキャリアを違う土地で築こうとする人たちの取り合いになっています。そして現状、西九州・肥前はそのマーケットにも上っていません。だからこそ、この地が新しいエリアになろうとしていることを、まず知ってもらうところからスタートしなくてはなりません。<br />
<br />
大類：<br />
「仲間を集めるための発信」。ここに、このプロジェクトの現在地があると感じました。ONESTORYとしても、ただ紹介するのではなく、この挑戦がどう育っていくのか、現場の息づかいごと追いかけていきたいと思います。<br />
&nbsp;</p>

]]>
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<item>
<title>物語を宿す新しいかたち。隈研吾が再構築する日本の器。［KKAA 隈研吾の建築とプロダクト―アート、デザイン、フィルムと共に／東京都新宿区］</title>
<link>https://www.onestory-media.jp/post/?id=4499</link>
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<pubDate>Tue, 08 Sep 2026 08:59:00 +0900</pubDate>
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<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4499_20260908082021_6a9f46b518178.thumb" alt=""></p>
<p>2026年9月9日（水）〜15 日（火）、新宿伊勢丹本館5階ステージ５にて建築家・隈研吾氏がデザインした新作テーブルウェアの展示販売が始まります。

会場では、ONESTORYが2019年に手がけたプロジェクト『DESIGNING OUT』から生まれた輪島塗の器もあわせて販売されます。

本記事では展示商品の一部のご紹介と、プロダクトデザインに込められた隈氏の哲学をご紹介します。日本を代表する建築...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4499" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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<![CDATA[
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4499_20260908082021_6a9f46b518178" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>2026年9月9日（水）〜15 日（火）、新宿伊勢丹本館5階ステージ５にて建築家・隈研吾氏がデザインした新作テーブルウェアの展示販売が始まります。<br />
<br />
会場では、ONESTORYが2019年に手がけたプロジェクト『DESIGNING OUT』から生まれた輪島塗の器もあわせて販売されます。<br />
<br />
本記事では展示商品の一部のご紹介と、プロダクトデザインに込められた隈氏の哲学をご紹介します。</p>
<h4><span></span>輪島塗が教えてくれたこと。</h4><p>日本を代表する建築家・隈研吾。<br />
数々の名建築を残す隈氏が、建築と同様の熱量を注ぎ込み取り組んでいるのがプロダクトデザインです。家具、器、カトラリー。背後に通底する物語や伝統・文化を汲み取ってデザインに落とし込む隈氏のプロダクトは、日常の「道具」でありながら、芸術作品のような存在感を放ちます。<br />
<br />
2019年、国指定重要無形文化財の輪島塗をテーマに据えたプロジェクト『DESIGNING OUT』において隈氏は、「完成までの工程そのもの」をデザインに落とし込むことに挑みました。<br />
<br />
「100以上の工程を経て完成する輪島塗は、作業工程ごとに完全な分業体制になっています。職人から職人へと渡っていく器を見て、その過程そのものを一連の食器としてデザインすることにしました。食体験の中に、器が完成する時間軸を重ね合わせる試みです」<br />
<br />
そうして完成した6枚セットの輪島塗。<br />
それは単なる器のデザインにとどまらず、ものが生まれるまでの物語そのものをかたちにするという、隈氏の一貫した姿勢を映し出していました。<br />
<br />
そしてその視点は今、新しいテーブルウェアとして受け継がれています。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4499_20260908082214_6a9f4726a80f3" alt=""></p><figcaption>数々の試作を繰り返し、少しずつ形となった輪島塗。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4499_20260908082255_6a9f474fdfe5e" alt=""></p><figcaption><span style="background-color:white">輪島塗の工程に焦点を当てた「新しい輪島塗」のうつわ制作に向けて議論する隈氏。</span></figcaption></figure>
<h4><span></span>枡○(マスマル)&mdash;&mdash;四角が丸くなるまでの物語。</h4><p>新作「枡○(マスマル)」の背景も、隈氏自身の言葉から知ることができます。<br />
<br />
「日本の神事において、本来は計量具である枡を酒器として使う文化に着想を得て、上面が四角、底面が丸へと変化する形状のティーカップを作りました。お茶を器に満たした時に現れる四角い水面が、飲み進めるにつれて角が取れ、丸へと変わっていく様子は、仙厓が描いた『〇△□』の解釈の一つ、『物事にとらわれた□の状態から悟りを開いた○の状態』への移り変わりに重なる。お茶を楽しむ時間を通じて、皆が集うお茶の席が円満の場となることを願い、デザインしました」<br />
<br />
9センチ角のカップを起点にボウルやプレートへとかたちを広げ、陶磁器はニッコー、ガラスは菅原硝子との協働で仕上げました。取っ手を器の外側に張り出させず、内側に静かに埋め込んだこのカップのデザインに文化への敬意と、これまでにない新規性が共存します。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4499_20260908082417_6a9f47a10bf8f" alt=""></p><figcaption>陶磁器はニッコー、ガラスは菅原硝子が手がけた。9センチ角のカップから広がったボウル・プレートが並ぶ。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4499_20260908082502_6a9f47ce9d9d8" alt=""></p><figcaption>液体を注ぐと現れる四角い水面。菅原硝子のガラスカップでは、飲み進めるほどに丸く変わる様子がよく見える。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4499_20260908082531_6a9f47eb8e9ff" alt=""></p><figcaption>取っ手を器の外側に張り出させず、内側へ静かに埋め込んだ設計。指先に伝わる一体感が新しい。</figcaption></figure>
<h4><span></span>木の葉(Konoha)ーー掬うことの原点に立ち返る。</h4><p>もうひとつの新作が、カトラリー「木の葉(Konoha)」です。<br />
そのデザインコンセプトを、隈氏自身の言葉で紹介します。<br />
<br />
「茶会の席で抹茶を掬う茶杓を見たとき、西洋のスプーンとは全く違う構成に気づきました。掬う部分と持つ部分が分節されておらず、一本の竹が櫂先から柄の先端まで連続したラインを持っている。日本ではもともと貝殻や木の葉といった自然の形が物を掬う道具の原型であった。壺と柄という2つの部材ではなく、1枚の形。掬う部分である壺から持つ部分である柄の先端まで繋がった、一枚の葉のようなカトラリーをデザインしました」<br />
<br />
「枡○」、「木の葉」に共通しているのは、日本の道具が本来持っていたかたちを見つめ直し、日々の暮らしに落とし込もうとする姿勢。<br />
<br />
伝統、文化、それを受け継ぐ人々の息遣い、そんな物語を器のかたちそのもので見せるという隈氏のデザインは、『DESIGINING OUT』の輪島塗を源流に、今回の「枡○」や「木の葉」にも確かに息づいています。<br />
<br />
その輪島塗の器も、今回の会場で引き続き手に取ることができます。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4499_20260908082652_6a9f483c42bd9" alt=""></p><figcaption>茶匙に着想を得た「木の葉」。一体感のあるフォルムは、新しくもどこか懐かしさが漂う。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4499_20260908082729_6a9f4861309f2" alt=""></p><figcaption>木地、布着せ、下地、中塗、上塗、加飾。輪島塗の象徴的な工程を落とし込んだ6枚の皿。</figcaption></figure>
<h4><span></span>建築家の頭のなかを覗く7日間。</h4><p>9月9日から15日まで、新宿伊勢丹本館5階ステージ５では「KKAA 隈研吾の建築とプロダクト―アート、デザイン、フィルムと共に」と題した展示販売が行われます。ART・PRODUCT・FILMという3つの視点から、隈氏の創作活動を紹介する試みです。<br />
<br />
会期に先立ち、隈氏本人によるトークショーも開催され、建築とプロダクトの関係性を掘り下げる対話が交わされました。隈研吾という建築家の視点を、さまざまな角度から伝えようとする試みの一環といえます。<br />
<br />
会場では、隈氏の約15年の歩みを追ったドキュメンタリー映画『粒子のダンス』も紹介されます。監督の岡博大氏は、隈氏が慶應義塾大学で教鞭を執っていた際の教え子。新聞記者としてキャリアを積んだのち、恩師の姿を撮り続けることを決意したといいます。震災復興の記録も収められたこの映画は、建築家の思想を映像というかたちで伝える、もうひとつの物語といえるでしょう。<br />
<br />
新作を買うだけでなく、スケッチや映像を通して、隈研吾という建築家の視点をさまざまな角度から知ることができる7日間。輪島から始まった物語のその先を、伊勢丹新宿店で確かめてみてはいかがでしょうか。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4499_20260908082848_6a9f48b07359c" alt=""></p><figcaption>貴重な隈氏のスケッチ。創作過程の一端を垣間見ることができる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4499_20260908082953_6a9f48f1d1849" alt=""></p><figcaption>世界16カ国、80以上の建築プロジェクトを俳句のような断片的な映像でたどるドキュメンタリー『粒子のダンス』。公開情報は<a href="https://www.particledance.jp/?fbclid=IwY2xjawUDbJ1wZG9mA2V4dG4DYWVtAjExAHNydGMGYXBwX2lkATAAAR665p4iC-PBvU7ECR3u6o_lBw8oLwCHqEoxQRC9bQXtG0WfrjAHsAtIsWPQ3g_aem_pE4zxS4V26SrZ91Hy9vAnw">こちら</a></figcaption></figure>
<p>KKAA 隈研吾の建築とプロダクト―アート、デザイン、フィルムと共に<br />
会期：2026年9月9日(水)〜15日(火) 10:00〜20:00<br />
会場：新宿伊勢丹 本館5階 ステージ５<br />
お問い合わせ：株式会社designshop<br />
https://www.designshop-jp.com/new/2026-08-17-175009.html</p>

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<title>積み重ねた経験が、3軒目の店になった。
ミクソロジスト・中村智明氏、DINING OUTのその後。［After DINING OUT #1／沖縄県那覇市］</title>
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<pubDate>Tue, 01 Sep 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4498_20260901130307_6a964e7b1f7a7.thumb" alt=""></p>
<p>沖縄県那覇市屈指の繁華街・久茂地。
沖縄初のミクソロジーバーとして知られる『アルケミスト』の隣で、いまひとつの店が産声を上げようとしています。店の名は『PARLOURS』。カウンターに立つミクソロジスト・中村智明氏は「DINING OUT RYUKYU-URUMA」、そして「DINING OUT RYUKYU-SHURI」でドリンクを担当した人物です。

お茶カクテルと琉球料理をテーマとした、新た...</p>
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<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4498_20260901130317_6a964e855a178" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>沖縄県那覇市屈指の繁華街・久茂地。<br />
沖縄初のミクソロジーバーとして知られる『アルケミスト』の隣で、いまひとつの店が産声を上げようとしています。店の名は『PARLOURS』。カウンターに立つミクソロジスト・中村智明氏は「DINING OUT RYUKYU-URUMA」、そして「DINING OUT RYUKYU-SHURI」でドリンクを担当した人物です。<br />
<br />
お茶カクテルと琉球料理をテーマとした、新たな試みの店『PARLOURS』。中村氏のこれまでの歩みとこの店舗にかける思い、そして「DINING OUT」の経験が中村氏の人生に投じた一石を伺いました。<br />
&nbsp;</p>
<h4><span></span>沖縄で仕込んだ、25年の哲学。</h4><p>熊本県出身の中村氏は25年前、18歳で沖縄に渡りました。<br />
やがてバーテンダーの道を歩み始めた中村氏。しかし「内地」出身の若者には、厳しい現実もありました。中村氏が立ったのは常連客の多くが地元の年配客というバー。そこで出身地を名乗るたびに、複雑な顔をされたのです。直接「よそ者」といわれたこともありました。<br />
しかし中村氏は、その経験を内省へと変えます。<br />
<br />
「その人たちの文化を知らないまま来てしまった自分が悪い」<br />
<br />
中村氏は沖縄の歴史や気質を徹底的に学び直します。生産者のもとへ自ら足を運び、素材と人を巻き込みながらドリンクをつくる。バーテンダーとしての技術も磨き、ORION WATTAコンペ優勝や泡盛カクテルコンペ総合優勝など6年間で18の賞を受賞。こうしてバーテンダー中村氏の足跡は、沖縄の地に着々と刻まれました。<br />
<br />
修業を重ね、生産者との関係を築きながら沖縄初のミクソロジーバー『アルケミスト』を開店したのは、2018年のことでした。2020年にはコーヒーと泡盛をテーマにした『琉球ドリンクラボ』もオープン。「沖縄県産素材だけでカクテルを組み立てる」という哲学を貫きながら、沖縄のバーシーンを牽引し続けています。誰よりも沖縄の素材を知り、沖縄の味を伝える中村氏を「よそ者」という人は、もういません。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4498_20260901130307_6a964e7b1f7a7" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span></span>ペアリングの可能性を伝えたDINING OUTの夜。</h4><p>一軒目の『アルケミスト』が沖縄の花、果物、ハーブを、二軒目『琉球ドリンクラボ』がコーヒーと泡盛を担うなら、次に生まれる『PARLOURS』が担うのは「お茶」です。<br />
店名は、沖縄の庶民的な食堂を意味する「パーラー」に、英語で客間や休憩室を指す語義、そして昼、夜、その間を彩るスイーツの時間という3つの顔を重ね、「パーラー」を三つ掛け合わせてつけられました。ランチは現代的に再構築したパーラー料理とお茶、 カフェタイムはスイーツとお茶、お茶モクテル，夜はお茶カクテルと現代的な再解釈を加えた琉球琉球のペアリングコースを提供する3部構成の店として設計されてます。<br />
<br />
その構想の原点をたどると、DINING OUTに行き着きます。<br />
最初の現場は2020年、うるま市の勝連城跡で開かれた「DINING OUT RYUKYU-URUMA」でした。地元のミクソロジストとして招かれた中村氏は、仲間とともにペアリングを担当。その場でゲストの注文に応じて仕立てるバーのカクテルとは違い、コース料理に合わせて一杯ずつ世界観を組み立てていくペアリングに、強く惹かれたといいます。<br />
<br />
「仕込みを作り込めるし、こだわろうと思えばどこまでもこだわれる」<br />
<br />
このときのコラボレーション相手は、モダンインド料理の巨匠ガガン・アナンドシェフ、そして福岡を代表する料理人・福山剛シェフ。二人の料理は輪郭が明確で力強く、中村氏がつくり出すカクテルをしっかりと受け止めてくれました。これが中村氏がペアリングの可能性を見出した最初の一歩でした。<br />
<br />
次の経験は2024年2月、首里城で開かれた「DINING OUT RYUKYU-SHURI」。<br />
世界を魅了する中国料理の名店『茶禅華』の川田智也の料理に添えるカクテルを任されました。<br />
ここで中村氏は、それまでの仕事を一度すべて手放します。<br />
<br />
「川田さんの料理は、淡い余韻で組み立てられた繊細な料理。今までの濃度のカクテルでは合わせられませんでした」<br />
<br />
実際に東京の『茶禅華』まで足を運び、味の設計をやり直したといいます。<br />
濃度の計算、温度帯の確認、注がれた瞬間の香りと時間が経っ<br />
てからの香りの変化まで考え抜いた設計。スポイトを使って1mm単位で濃度を調節するのも、このときが初めてでした。<br />
二度の「DINING OUT」を経て身につけた技術と思いが、今回立ち上げる「PARLOURS」に結実したのだといいます。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4498_20260901130556_6a964f2407c00" alt=""></p><figcaption>「DINING OUT RYUKYU-URUMA」の会場。美しくライトアップされた世界遺産・勝連城跡が舞台。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4498_20260901130623_6a964f3f0d984" alt=""></p><figcaption>「DINING OUT RYUKYU-URUMA」の一場面。料理と響き合い、おいしさを際立てるペアリングドリンクが存在感を放った。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4498_20260901130652_6a964f5c19cce" alt=""></p><figcaption>「DINING OUT RYUKYU-URUMA」のペアリングの一例。<span style="background-color:white">「三種芋のリキットアップ」と、よもぎをベースにした『アルケミスト』自家製ベルモットで仕立てた「泡盛マティーニ」。</span></figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4498_20260901130721_6a964f79062a6" alt=""></p><figcaption><span style="background-color:white">「</span><span style="background-color:white">DINING OUT</span>　<span style="background-color:white">RYUKYU-SHURI</span><span style="background-color:white">」のペアリングの一例。川田シェフが手掛けた甘酢醤油の風味が繊細に広がる長命草クラゲに合わせたのは、変化系の泡盛水割り。減圧蒸留の泡盛に月桃のジン、レモングラスのジンでトップのトーンを合わせ、ボトムの風味にはオールスパイスの香りをつけた水を微量加えた。</span></figcaption></figure>
<h4><span></span>琉球料理を再解釈したガストロノミー。</h4><p>「主役は料理。しかしドリンクも作り手の個性を込めて作り込む」<br />
<br />
ペアリングにおいてドリンクはあくまでも料理を引き立てる存在。<br />
その「引き立てる」ことにかける思いが並々ならぬものであることは想像に難くありません。どんな香りが素材に寄り添うか、どんな味わいが料理の隙間を埋めるか、どんなテクスチャが料理の余韻を引き延ばすか。徹底的に計算されたドリンクが、料理をいっそう際立ててくれることでしょう。<br />
<br />
もちろん、迎える料理の側もこだわり抜きます。<br />
フード監修に迎えたのは、松岡寿行氏。数々の名店で腕を磨き、2023年に本部町に開いた『PAUL』は、予約困難な人気店。薪火と沖縄食材を掛け合わせ、土地の記憶と世界の技術を融合させたイノベーティブ料理は、国内外の食通から評価を集めています。<br />
<br />
そんな松岡氏の監修のもとで再解釈された琉球料理に、中村氏のドリンクが合わせられるのです。<br />
たとえば琉球料理の定番であるゴーヤチャンプルーなら、一度その構成要素を解体し、豚しゃぶサラダ仕立てに再構築。合わせるドリンクはゴーヤ、鰹節、豚肉、薬草リキュール、島コショウといったゴーヤチャンプルの構成要素に玉露の旨みを詰め込んだカクテルでの同調ペアリング。<br />
<br />
この計算されつくされた一皿と一杯のように、既知の琉球料理がかつてないガストロノミー体験として押し寄せるのです。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4498_20260901130756_6a964f9c77e5e" alt=""></p><figcaption>開店準備中の『PARLOURS』内装。土壁はスタッフ総出で作業にあたったという。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4498_20260901130822_6a964fb68174b" alt=""></p><figcaption>手前に食事、奥にドリンクを配置するトゥンダーボンの再構築。料理は左からクブイリチーの再構築 、花イカの再構築、ししかまぼこの再構築。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4498_20260901130846_6a964fcea3c11" alt=""></p><figcaption>カーサームーチーの再構築。ペアリングは金川紅茶 シングルオリジン べにふうき2026 セカンドフラッシュ。</figcaption></figure>
<h4><span></span>バーという看板を、外していく。</h4><p>これからの夢という最後の問いに、中村氏は迷いなく答えます。<br />
<br />
「目指すのは、すべての店を昼も夜も開けること。そしてバーという看板の重さを、少しずつ外していくことです」<br />
<br />
ルールが分からない、一人では入りづらい。そう感じて選択肢から外れてしまう人も多いバー。その間口を広げ、より多くの人に沖縄の味を知ってもらうことこそが中村氏の次の目標です。<br />
<br />
その「味」には、味覚や嗅覚に届く味のほかに、生産者の人柄や生産の現場の風景、沖縄の歴史や自然といった背景の物語も含まれるのかもしれません。沖縄という観光地で、本質的な「食体験」を提供すること。それは誰かが伝えなければ忘れられてしまうよな沖縄を食文化を伝えていくことにほかなりません。<br />
那覇の路地裏に生まれる小さな店には、そんなポテンシャルが秘められています。<br />
<br />
中村智明という一人のつくり手が、その歩みの中で知り、愛した沖縄。そのすべてを形にした、いわば「集大成」がこの『PARLOURS』なのです。「DINING OUT」での数夜は、その道のりに刻まれたひとつの現場にすぎません。しかしその現場で得た繊細さと姿勢は、いまも一杯ごとに層を成しています。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4498_20260901130919_6a964fefe6017" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<p>PARLOURS<br />
〒900-0015 沖縄県那覇市久茂地2-10-19 大城氏貸店舗1階101号<br />
営業時間：12:00〜23:00<br />
定休日：水曜・木曜<br />
https://www.instagram.com/parlours_okinawa/<br />
<br />
プレオープン9月初旬<br />
グランドオープン10月1日予定<br />
&nbsp;</p>

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<title>400年の美意識が、今もここに息づいている。香川・高松、工芸と庭園を巡る旅。（前編）［香川県高松市］</title>
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<pubDate>Mon, 17 Aug 2026 16:08:00 +0900</pubDate>
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<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260512165019_6a02dbbb349b5.thumb" alt=""></p>
<p>江戸のはじまり。
戦国の喧騒がようやく静まりかけた頃。日本の文化を深く愛した一人の藩主が、讃岐国高松に赴任しました。松平頼重公&mdash;&mdash;徳川家康の孫にあたるその人物が香川にもたらしたのは、武力や権威の象徴ではなく、焼物と茶、そして美を愛する眼差しでした。

頼重公が整えた美の土台は、時代を超えてこの土地に外からの才能を引き寄せ続けています。
20世紀、彫刻家イサム・ノグチは香川の...</p>
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<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260512165019_6a02dbbb349b5" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span></span>高松藩初代藩主がもたらした、根源的美意識。</h4><p>江戸のはじまり。<br />
戦国の喧騒がようやく静まりかけた頃。日本の文化を深く愛した一人の藩主が、讃岐国高松に赴任しました。松平頼重公&mdash;&mdash;徳川家康の孫にあたるその人物が香川にもたらしたのは、武力や権威の象徴ではなく、焼物と茶、そして美を愛する眼差しでした。<br />
<br />
頼重公が整えた美の土台は、時代を超えてこの土地に外からの才能を引き寄せ続けています。<br />
20世紀、彫刻家イサム・ノグチは香川の庵治石に惹かれ、庵治石の産地である香川県の牟礼町にアトリエを構えました。木工家具のジョージ・ナカシマは香川県高松市にある桜製作所を日本での唯一の製作拠点とし、地元の木工職人たちと仕事をともにしました。彫刻家・流政之は庵治半島にアトリエ兼住居を構え、晩年まで庵治石をはじめとする素材を使った作品を制作し、画家・猪熊弦一郎は丸亀に美術館を残しました。<br />
「デザイン知事」と呼ばれた第2代民選知事の金子正則氏のもとでは、丹下健三をはじめとする建築家たちが香川県庁舎など公共建築の設計を手がけました。いまや日本を代表する芸術祭として知られる瀬戸内国際芸術祭は、そうした長い美の系譜の、最新章に過ぎません。<br />
<br />
「香川の美意識には、400年にわたって外の才能を受け入れ、育ててきた土壌がある」<br />
<br />
と語るのは、東洋文化研究家であり作家でもあるアレックス・カー氏。<br />
<br />
そんなアレックス氏を監修・案内人に迎え、ONESTORYは2025年11月、香川・高松を舞台にした2泊3日のプレミアムインバウンドツアーを開催しました。それは地元の職人や寺院、庭師たちとともに、この土地にしか存在しない「美の系譜」を丁寧にたどる旅でした。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260602223848_6a1edce837283" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span></span>県立ミュージアム&mdash;&mdash;旅の地図を渡される場所。</h4><p>旅の始まりは、香川県立ミュージアムの一室から。<br />
<br />
ただしそれは展示室ではありません。<br />
一行がまず案内されたのは、通常は使われない応接室でした。<br />
着席した参加者の前に立ったアレックス・カー氏は、「なぜ私たちは今日ここにいるのか」という問いから話し始めます。頼重公とはいかなる人物だったのか。なぜ刀ではなく茶と焼物を統治の中心に置いたのか。その背景を丁寧に説明した後、一行はようやく展示スペースへと移動します。<br />
<br />
そこで参加者たちが目にしたのは、今回のツアーのためだけに学芸員が選定した12点の収蔵品でした。<br />
高松松平家を象徴する行列の道具や参勤交代に用いられた藩主の船を描いた絵図&mdash;&mdash;学芸員の解説はいずれも、これからはじまるツアーと紐づく話。<br />
栗林公園の絵図を前に、自身がこれからこの景色を歩くことになると気づいたとき、ミュージアムの展示はただの鑑賞体験ではなくなります。<br />
それは旅全体の地図を、静かに手渡される感覚でした。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260513094015_6a03c86fb67b9" alt=""></p><figcaption>常設展示室1「高松松平家歴史資料コーナー」。高松藩主・松平家ゆかりの国宝・文化財を展示。御座船「飛龍丸」の豪華な「御座の間」も再現されている。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260729094956_6a694e3479185" alt=""></p><figcaption>大名庭園から近代的な公園へ整備が始まった頃の栗林公園の絵図。「栗林公園之図（明治32年）」香川県立ミュージアム所蔵</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260513094112_6a03c8a8c0f59" alt=""></p><figcaption>香川県立ミュージアムの窓から望む高松市街。</figcaption></figure>
<h4><span></span>香川漆芸研究所&mdash;&mdash;非公開の工房で、継承の現場に立つ。</h4><p>続く目的地は、香川漆芸研究所。<br />
ここは日本で初めて設立された公立の漆芸専門機関として、「蒟醤（きんま）」「彫漆（ちょうしつ）」「存清（ぞんせい）」という香川独自の技法を、今日も守り続けている施設です。<br />
<br />
展示室には、江戸・明治の名工による逸品と、人間国宝の手による現代の傑作が並んでいます。精緻な彫り文様を間近で見ながら、参加者たちは漆という素材の奥深さを徐々に理解していきます。<br />
<br />
その後、一行が通された場所は通常は公開されていない、研究生たちの制作フロアでした。<br />
エレベーターが開くと漂ってくる、漆の独特の香り。工房では、若者たちが黙々と作業台に向かっている。筆が漆に触れる音、ヘラが台を擦る音。それだけが静かに部屋を満たします。<br />
<br />
その静かなる空間で伝わったのは技法そのものではなく、文化継承の思いでした。受け継がれるものと失われるものへの普遍的な思い。真剣な若者たちの姿は、言葉よりも雄弁に文化を語りました。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260513094201_6a03c8d9a9d21" alt=""></p><figcaption>人間国宝が生み出した傑作も展示される。その技を今、若い研究生たちが継いでいる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260602224255_6a1edddfafeee" alt=""></p><figcaption>重要無形文化財保持者(人間国宝)・音丸耕堂の作品である「彫漆色紙筥昆虫譜」。色漆を塗り重ねて文様を彫り表す彫漆技法により草花や昆虫を表現している。 (撮影：高橋章)</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260513094809_6a03ca490da1c" alt=""></p><figcaption>香川漆芸の技法を学ぶ研究生たちが、工房で黙々と制作に取り組む。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260602224351_6a1ede17db5cb" alt=""></p><figcaption>見学の後、参加者たちは香川漆芸の技法を実際に体験。手を動かすことで初めて理解できるものがある。</figcaption></figure>
<h4><span></span>理平焼工房&mdash;&mdash;地元でも知られていない、14代の焼物。</h4><p>夕方近く、一行は高松市内の一角にある小さな工房を訪ねました。<br />
表通りからは見えにくい場所に、その建物はありました。<br />
<br />
高松初代藩主・頼重公が、京都から陶工を招いて始めたとされるこの焼物は、その後14代にわたって受け継がれてきました。気品ある器の形と繊細な絵付けは、受け継がれる工房独自の美意識を体現しています。しかしながら、地元の人々の間でさえ、その存在を知る人は多くありません。<br />
<br />
14代当主が工房の内側に特別に展示した歴代の名品を前に、参加者たちは一点一点を食い入るように鑑賞しました。江戸期の名品は、美術館に収蔵されるような水準のもの。そんな銘品が、この工房の棚に静かに並んでいます。<br />
<br />
鑑賞の後、参加者それぞれが抹茶碗に筆で絵付けを行いました。思い思いの絵を描いた後、この旅のために特別に超特急で焼き上げるといいます。この器がこの旅でどう使われることになるかを、このとき参加者たちはまだ知りません。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260602224548_6a1ede8c36a71" alt=""></p><figcaption>古理兵衛　龍と牡丹の絵　大鉢。陶土の性質により、器の表面に淡い藤色が表れるのが特徴。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260602224616_6a1edea810152" alt=""></p><figcaption>色絵七宝繋文六角喰籠。11代の作。焼成後に施された鮮やかな上絵付け。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260602224720_6a1edee80bab9" alt=""></p><figcaption>14代にわたり守られてきた理平焼。当主・紀太理兵氏は、今もこの技を継いでいる。</figcaption></figure>
<h4><span></span>中西珍松園&mdash;&mdash;盆栽の「首都」で、100年の松と向き合う。</h4><p>2日目の朝、一行が向かったのは高松市郊外、鬼無（きなし）地区。<br />
鬼無を含む高松の盆栽産地は、日本国内の盆栽生産量の大半を占めます。<br />
いわば「盆栽の首都」ともいうべき土地で、近年はヨーロッパ、アメリカ、アジア各国からコレクターやバイヤーが直接訪れます。130年以上の歴史を持つ中西珍松園は、そうした国際的な流通の中心地のひとつでもあります。<br />
最初に案内されたのは、鉢には入っていない松が並ぶ畑。<br />
10年ものの細い幹、30年もの、さらに100年を超えたものもある。「盆栽」として完成する前の、育ちの途中にある松を見るのは、多くの人にとって初めての体験でした。<br />
続いて畑から盆栽園へ。見ている木のスケールが変わると、見方もまた変わります。どこで枝を切るか、どの方向に幹を誘導するか&mdash;&mdash;園主の説明を聞きながら歩くと、それまで植物として見えていた盆栽が、作品として立ち上がります。<br />
剪定体験もありました。ハサミを入れるのは、自分よりも長く生きてきた木。慎重に、ゆっくりと、一本の枝に刃を入れる。その静けさは、たとえば瞑想に近いような、内面と向き合う時間だったのかもしれません。<br />
<br />
<br />
<a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4486">＜後編＞</a>につづきます<br />
後編では、栗林公園での庭師同行散策、夜間貸切の掬月亭での茶懐石、そして法然寺でのツアーの締めくくりをお届けします。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260513100929_6a03cf4962ccc" alt=""></p><figcaption>日本最大の盆栽産地、高松・鬼無。今では世界各国のコレクターが買い付けに訪れる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260602225152_6a1edff8c221e" alt=""></p><figcaption>人が手をかけることにより、植物からアートへと昇華される。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260602225301_6a1ee03d829a4" alt=""></p><figcaption>アジアや欧米諸国で「生きたアート」として高い人気を得ている盆栽。世界各地に愛好家がおり、輸出量も年々増加している。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4484_20260602224950_6a1edf7ea87c4" alt=""></p><figcaption>ツアーの参加者も指導を受けながら剪定に挑戦。繊細な技術を目の当たりにした。</figcaption></figure>
<p><br />
Data<br />
プレミアムインバウンドツアー<br />
対象エリア：香川県高松市<br />
日程：2025年11月7日(金)〜11月9日(水)<br />
主催：ONESTORY<br />
共催：香川県<br />
後援：公益社団法人 香川県観光協会</p>

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</item>
<item>
<title>廃校が1ヶ月の創作の舞台に。信濃大町アーティストインレジデンス参加者募集。［信濃大町AIR／長野県大町市］</title>
<link>https://www.onestory-media.jp/post/?id=4497</link>
<guid isPermaLink="true">https://www.onestory-media.jp/post/?id=4497</guid>
<pubDate>Wed, 05 Aug 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4497_20260805162122_6a72e4728f9dc.thumb" alt=""></p>
<p>北アルプスの雪解け水が清冽な川となって流れる、長野県大町市。
標高700メートルのこの町は、五竜岳から槍ヶ岳までを望む山懐に抱かれ、古くは塩の道・千国街道の宿場町として栄えてきました。近年はアートの町として、その名を耳にしたことがある人も多いかもしれません。

そんな大町市で今年3月に廃校となった旧東小学校がこの秋、創作の舞台となります。
「信濃大町アーティスト・イン・レジデンス（信濃大町AIR）...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4497" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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</description>
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<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4497_20260805162122_6a72e4728f9dc" alt=""></p><figcaption>廃校となった旧東小学校の校舎。雪を残す北アルプスを窓外に望む。</figcaption></figure>
<h4><span></span>アルプスを望む町に訪れる、創作の秋。</h4><p>北アルプスの雪解け水が清冽な川となって流れる、長野県大町市。<br />
標高700メートルのこの町は、五竜岳から槍ヶ岳までを望む山懐に抱かれ、古くは塩の道・千国街道の宿場町として栄えてきました。近年はアートの町として、その名を耳にしたことがある人も多いかもしれません。<br />
<br />
そんな大町市で今年3月に廃校となった旧東小学校がこの秋、創作の舞台となります。<br />
「信濃大町アーティスト・イン・レジデンス（信濃大町AIR）」が、2026年11月から1ヶ月間の滞在制作プログラム「今日は複数」の参加者を募集しています。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4497_20260805162252_6a72e4cc407c3" alt=""></p><figcaption>プログラムの玄関口となる信濃大町駅。その佇まいにもどこかアートの気配が宿る。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4497_20260805162317_6a72e4e5976f9" alt=""></p><figcaption>北アルプスの山影を映す仁科三湖のひとつ木崎湖。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4497_20260805162342_6a72e4fe7b303" alt=""></p><figcaption>山あいに幾重にも連なる、八坂地区の棚田は大町の暮らしの風景。</figcaption></figure>
<h4><span></span>アートのプロセスを分かち合う取り組み。</h4><p>大町市はこれまで、北アルプス国際芸術祭を通じてアートと地域の関係を育んできました。芸術祭を経て培われた土壌の上にありながら、「信濃大町AIR」は芸術祭とは異なる方向を見つめています。<br />
<br />
目指すのは、完成された作品を披露する「展覧会」ではありません。制作という、本来は一人で完結するはずの時間を、オープンスタジオという形でこの土地に開いていくことです。滞在を振り返る場や、市民との対話の機会を通じて、成果ではなくプロセスそのものを分かち合う、双方向の試みです。<br />
<br />
プログラム名の「今日は複数」には、ひとつの思想が込められています。<br />
同じ一日でも記憶をどう書き留めるかによって、その輪郭は変わります。あみだくじの結び目を選ぶように、道のりはまっすぐにも、曲がったものにもなるのです。<br />
同じ場所、同じ時間に居合わせても、人それぞれに違う今日があります。誰かの今日に山の風景があれば、別の誰かには虫の羽音があり、水辺での小さな問いがあるかもしれません。1ヶ月という閉じられた時間だからこそ立ち現れる、複数の今日を捕まえ、地域と分かち合うこと。それが、このプログラムの核にある問いです。<br />
<br />
募集するジャンルは、美術、文芸、音楽、身体表現、料理、建築、学術研究など、創作に携わるすべての領域。滞在の拠点となるのは、旧教員住宅を改修した施設「あさひAIR」です。宿泊棟、制作棟、交流スペースを備え、これまでも国内外から訪れる作り手たちを迎えてきた、大町の小さな文化拠点として運営されています。単なる滞在制作の場にとどまらず、市民が集い、学生が調査や学びを深める場としても活用されてきました。<br />
<br />
滞在中は、撤去費等を含む制作費として上限20万円、滞在費として1日あたり2,200円、さらに大町市の旅費に関する条例に準じた交通費が支給されます。支援を受けながら、市民との対話やスタジオの公開を通じて、創作という営みそのものを見つめ直す1ヶ月となることでしょう。<br />
<br />
廃校となった教室に人が集まり、それぞれの今日を持ち寄る11月。次回の北アルプス国際芸術祭は2029年初夏に予定されていますが、その前段としてこの1ヶ月にどんな輪郭の創作が結ばれるのか。オープンスタジオの扉が開く日を楽しみに待ちましょう。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4497_20260805162511_6a72e5574d34f" alt=""></p><figcaption>かつて子どもたちの声で満ちていた教室が、いま創作の場へと姿を変えようとしている。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4497_20260805162534_6a72e56e473bd" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<p>公募期間：2026年7月23日（木）〜8月21日（金）<br />
滞在期間：2026年11月2日（月）〜12月1日（火）（30日間）<br />
募集人数：3人（組）※1組原則3人まで<br />
公式サイト：<a href="https://shinano-omachi.jp/asahi-air/3267">https://shinano-omachi.jp/asahi-air/3267</a><br />
応募要項：<a href="https://bit.ly/3SNBqXr">https://bit.ly/3SNBqXr</a><br />
応募フォーム：<a href="https://forms.gle/U5KU2ynMpRSZ82S1A">https://forms.gle/U5KU2ynMpRSZ82S1A</a></p>

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<title>削ぎ落とすほどに、増していくもの。</title>
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<pubDate>Wed, 29 Jul 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4496_20260728174603_6a686c4b92fcc.thumb" alt=""></p>
<p>かつて将軍への献上品としてだけ焼かれてきた器があります。
高く取られた高台は献上品としての格を示し、三次曲面を描くフォルムは光を受けて立体を見せます。呉須の青に、赤・黄・緑を重ねた四色のみという掟。そんな350年前から変わらぬ美意識を、今に伝える窯元があります。伊万里・鍋島焼の技術を受け継ぐ『畑萬陶苑』です。

「Re Gallery SCEARN」における3回目の展示「肌理（きめ）、語る。」で迎...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4496" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4496_20260728174603_6a686c4b92fcc" alt=""></p><figcaption>畑萬陶苑「Texture」シリーズのひとつ、鉄粉が焼成で黒点となり表れる「Nashiji White」</figcaption></figure>
<h4><span>Re Gallery SCEARN</span>時代を越えて受け継がれる、格式という美意識。</h4><p>かつて将軍への献上品としてだけ焼かれてきた器があります。<br />
高く取られた高台は献上品としての格を示し、三次曲面を描くフォルムは光を受けて立体を見せます。呉須の青に、赤・黄・緑を重ねた四色のみという掟。そんな350年前から変わらぬ美意識を、今に伝える窯元があります。伊万里・鍋島焼の技術を受け継ぐ『畑萬陶苑』です。<br />
<br />
「Re Gallery SCEARN」における3回目の展示「肌理（きめ）、語る。」で迎えるのは、その『畑萬陶苑』が手がける「Texture（テクスチャー）」シリーズ。伝統的な鍋島様式とは対照的に、異なる素材と技法によって、それぞれに固有の表情を持つ器群が並びます。近づくほどに、光の角度によって、異なる表情を見せます。<br />
<br />
五代目を継ぐ畑石修嗣氏は、大学で彫刻を学んだのち、家業に入りました。ものを平面ではなく空間として捉える感覚は、彫刻の勉強を通じて培われたものだといいます。<br />
<br />
「料理が乗り、光が当たったときにどう影が入るか。そこまで含めて、器の完成形をイメージしています」<br />
<br />
器そのものだけで主張しすぎず、料理が乗って初めて完成する余白を残すことが、畑萬陶苑のもの作りの軸になっています。<br />
「Texture」シリーズが生まれたきっかけは、かつてパリの『SOLA』で腕を振るい、現在は博多でレストランを営む料理人・吉武広樹氏との出会いでした。<br />
<br />
「料理を盛りつけて、はじめて完成する皿を」<br />
<br />
ときはデンマークのトップレストラン『NOMA』の隆盛時。世界的な潮流として自然な佇まいの器が求められた時代でもありました。そんな折、鍋島様式を形づくる要素を分解し、必要なものだけを組み合わせていく、いわば引き算の発想から生まれたのがこの「Texture」シリーズです。<br />
<br />
何も加えず磁土そのものの白さを差し出す「White」、砂を吹きつけ磁肌を削り出す「White Matt」、鉄粉を釉薬に練り込み黒点を浮かび上がらせる「Nashiji」。削ぎ落とすことにより逆に際立つ、磁肌の存在感、フォルムの美しさ。それが「Texture」シリーズが提示した、鍋島の新たな可能性です。<br />
<br />
<br />
一方、今回展示されるもうひとつのシリーズ、鍋島の色絵を纏う「大盃」は、『畑萬陶苑』にとって譲れない核。年に一度しか窯を焚けなかった時代に、職人たちが積み重ねてきた熱量の結晶。それは魂を込め、まさに命を削るような仕事だったに違いありません。<br />
<br />
「先人の職人へのリスペクトを持ちながら、それよりもいいものを作りたいという思いでやっています」<br />
<br />
そう語る畑石氏。<br />
<br />
伝統と革新、対極にあるように見えるふたつのシリーズが、同じ窯元から生まれているという事実。線を描く者、中を塗る者。分業によって重なる層が、一人の作家の個性ではなく「畑萬陶苑らしさ」を形づくり、次の世代へと受け継がれていきます。<br />
<br />
さらに今回の展示では、もうひとつの出会いも見どころです。<br />
福井で244年続く老舗和菓子店「昆布屋孫兵衛」、十七代目・昆布智成氏。<br />
父・孫兵衛氏が手がける和菓子と、自身が手がける洋菓子をひとつの店に並べる昆布氏は、日頃から畑萬陶苑の「Texture」シリーズを盛り付けの舞台として愛用しています。<br />
アシェット・デセールは、器の余白があってこそ完成する一皿。伝統と現代、和と洋。異なる時間を歩んできたふたつの手仕事が、静かに響き合う瞬間です。<br />
<br />
会期中は会場にて、昆布屋孫兵衛の焼き菓子を数量限定で販売。器と菓子、ふたつの手仕事が出会う時間を、ギャラリーで愉しむことができます。<br />
会場は、自然光の入るミニマルな空間。差し込む柔らかな光により際立つ器のシルエットは、畑石が意識してデザインしたところ。対角にあるように見える伝統的な鍋島焼と「Texture」シリーズが、同じ窯元から生まれているという事実にこそ、ものづくりの面白さがあります。削ぎ落とした果てに立ち現れる、確かな輪郭。伊万里の窯から届いた器は、静かにそう語りかけてきます。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4496_20260728175437_6a686e4dd58c7" alt=""></p><figcaption>波間に宝尽くしを配した大盃。呉須の青と余白の間合いに、鍋島様式の格式が宿る。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4496_20260728174942_6a686d268119e" alt=""></p><figcaption>サンドブラストの静かな質感に、昆布智成氏のデセールが重なる。器と菓子、ふたつの手仕事の対話。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4496_20260728180350_6a687076a2214" alt=""></p><figcaption>「畑萬陶苑」五代目・畑石修嗣。受け継がれる鍋島の熱量を今の形に宿す。</figcaption></figure>
<p>「Re Gallery SCEARN」<br />
TEL：03-6433-5201<br />
住所：東京都北青山3-13-7 2F<br />
営業時間：11:00〜19:00<br />
定休日：月曜(祝日の場合は営業)<br />
※1Fは、「SCEARN」ウェアを展開<br />
公式HP：<a href="https://scearn.com/">https://scearn.com/</a><br />
&nbsp;</p>
<p>［ギャラリーのご案内］<br />
展示内容：肌理、語る。 畑萬陶苑 ✕ 昆布屋孫兵衛<br />
期間：2026年7月23日(木)〜10月25日(日)</p>

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<title>渚の神事。7人のシェフが能登の6000年に向き合った、奇跡の二日間。［NOTO NO KOÉ／石川県七尾市］</title>
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<pubDate>Fri, 24 Jul 2026 18:00:00 +0900</pubDate>
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<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630214023_6a43b937b8496.thumb" alt=""></p>
<p>七尾湾を望む旧塩津海水浴場の渚に、白いオクタゴンテントが張られました。五月の風が海の香りを運ぶなか、砂地に二十の席が整えられ、テーブルの向こうには七尾湾がひらけています。遠くに能登島が浮かび、波がゆっくりと砂浜に打ち寄せる。それ以外に音はありません。

2026年5月30日、31日の二日間、日本の食の歴史に刻まれるべき宴が、この渚で静かに幕を開けました。集ったのは、この国の料理シーンを牽引してきた...</p>
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<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630214023_6a43b937b8496" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>七尾湾を望む旧塩津海水浴場の渚に、白いオクタゴンテントが張られました。五月の風が海の香りを運ぶなか、砂地に二十の席が整えられ、テーブルの向こうには七尾湾がひらけています。遠くに能登島が浮かび、波がゆっくりと砂浜に打ち寄せる。それ以外に音はありません。<br />
<br />
2026年5月30日、31日の二日間、日本の食の歴史に刻まれるべき宴が、この渚で静かに幕を開けました。集ったのは、この国の料理シーンを牽引してきた7人のシェフたちです。東京・大阪を拠点に世界水準の評価を受け続ける料理人たちが、ひとつのコースをともに紡ぐ&mdash;&mdash;。<br />
<br />
これほどの顔ぶれが一堂に会し、ひとつの物語を共に創り上げることは、日本の飲食史においても稀有な出来事といえます。その舞台が、震災以降、客足がいまだ遠のいたままの能登半島・七尾の海辺であったことに、「NOTO NO KO&Eacute;」という取り組みの本質があります。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630223029_6a43c4f5e6da9" alt=""></p><figcaption>七尾湾を望む旧塩津の渚に、白いテントが張られた。『Villa della pace』眼の前の海辺が、この日だけの舞台へと変わる。</figcaption></figure>
<h4><span></span><strong>6000年の歴史を現代に紡ぐ「能登饗藝料理」という思想</strong></h4><p>なぜこれほどのシェフたちが、能登に引き寄せられるのでしょうか。<br />
<br />
その問いへの答えは、ひとりのフランス人シェフの記憶に遡ります。2018年、コラボレーションイベントの準備で初めて能登を訪れたリオネル・ベカシェフ（『ESqUISSE』）は、その光と景色に心を奪われました。以来、能登に通い続けた彼が出会ったのが、ホストシェフ・平田明珠シェフ（『Villa della pace』）です。東京から能登へ移住し、自然と食材の声に正面から向き合いながら料理を探求する平田シェフの姿に、リオネルシェフは「自分と同じタイプの料理人だ」と感じたといいます。<br />
<br />
2024年1月の能登半島地震は、その絆をより強くしました。<br />
同年5月、リオネルシェフは東京・銀座『ESqUISSE』で「NOTO NO KO&Eacute;」第一回を開催します。炊き出しがようやく終わった頃、地震の傷がいまだ生々しかった当時、平田シェフはそのイベントを「希望だった」と振り返ります。「ノトノコエ」という言葉に導かれるように、会は第二回、第三回と能登の地で重ねられてきました。そして今回、初めて海を眼前に臨む屋外の渚へと舞台を移した第四回が実現しました。<br />
<br />
リオネルシェフが一貫して語るのは、「美しいものを見せることに意味がある」という信念です。「自分はお金とか、そういうことではない価値を表現している」&mdash;&mdash;不安を煽る情報があふれるなかで、料理を通じて能登の美しさと大切なものを届けることこそが、自分の役割だと言います。<br />
<br />
その信念が、「能登饗藝料理（のときょうげいりょうり）」という思想と交わりました。平田シェフが提唱するこの概念は、能登の郷土料理や食文化を発想の原点に据え、現代料理へと昇華させていくものです。約6000年前から人が暮らしていたといわれる能登。人が自然と向き合い暮らしてきたこの悠久の歴史に、自身の思いを重ねることで生まれた思想です。<br />
<br />
さらに半島という地形ゆえに古くから多様な文化が交わってきた能登では、外来の技術や感性が土着と混じり合うことこそが「能登らしさ」なのだと、平田シェフは言います。震災をきっかけに失われつつある食文化への危機感が、この思想をより鮮明にしました。<br />
<br />
今回のコースが拠り所としたのは「あえのこと」。<br />
田の神様を家に迎え、目に見えない存在を「あたかもそこにいるかのように」丁重にもてなす、能登に古くから伝わる農耕儀礼です。7人のシェフはそれぞれ、この神事に登場する伝統料理をテーマに割り振られ、各自のフィルターを通して一皿に落とし込みました。リオネルシェフの呼びかけに各地の料理人が自らの意志で応えたこの宴は、行政や組織が主導したものではなく、純粋に料理人たちが能登の食文化に向き合うなかで生まれた、自主的な試みです。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630224608_6a43c8a035200" alt=""></p><figcaption>二十の席から、七尾湾がひらける。波音だけが聞こえるかつての海水浴場に整えられた食卓が、静かにゲストを迎えた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630230050_6a43cc1210f9e" alt=""></p><figcaption>この日の語り部を務めたナビゲーターのクリス智子氏。料理の背景に宿る能登の物語を、軽やかに卓上へ届けた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630225305_6a43ca414f388" alt=""></p><figcaption>ドリンクペアリングをディレクションした『Villa della Pace』のソムリエ・塩士卓也氏。七皿に寄り添うグラスが、食卓の奥行きを広げた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630225409_6a43ca8193bd1" alt=""></p><figcaption>七尾湾を前にしたアペリティフの時間。祭りの時期に家の門戸を開け放って提灯を吊るし、酒を酌み交わす「ヨバレ」という風習に重ね、皆で酌をしあう演出。</figcaption></figure>
<h4><span></span><strong>七皿が語る、能登の記憶</strong></h4><p>コースはまず、アルコールはシャンパーニュ、ノンアルコールはコンブチャと大谷塩を合わせたドリンクで始まりました。<br />
口にした瞬間、穏やかな潮の余韻が広がります。乾杯で「ハレ」の空気を渚に満たすと、七尾湾を前にした二十名のゲストは、これから始まる神事への期待を高めました。<br />
<br />
コースの口火を切ったのは、池端隼也シェフ（『L&#39;Atelier de NOTO』）のアミューズです。能登出身の料理人として「ようこそ能登へ」と迎え入れる役を担った池端シェフは、鮎の塩漬けと春蘭、えごを合わせ、黒文字の香りで山の景色を一皿に宿らせました。繊細で素朴な食材たちが、能登の山と海の記憶を静かに呼び覚まします。<br />
<br />
生江史伸シェフ（『L&#39;Effervescence』）が担当したのは「豆腐」です。珠洲の豆乳と、震災を乗り越えて今も輪島の海に潜り続ける海女が手がける海藻を合わせた氷豆腐は、かつて能登に存在し失われつつある「輪島素麺」との出合いからも着想を得た一皿です。皿の上には透き通るような美しさが広がり、噛むほどに素材の誠実さが伝わってきます。<br />
<br />
小林寛司シェフ（『villa aida』）が手がけた「あいまぜ」は、本来は冬の根菜料理です。10種の夏野菜と能登の伝統保存食「うち豆」のペーストで仕上げ、千切りにして混ぜ合わせるという伝統の所作はそのままに、鮮やかな色彩と生き生きとした香りが卓を賑わせました。「和歌山では今が真夏なのに、能登に来たら季節が少し戻った感じがする」と語った小林シェフ。その瑞々しさは、能登の初夏そのものでした。<br />
<br />
魚料理を担ったリオネルシェフが選んだのは、神事において神様の視力回復を願うとされる大きな目の魚、カサゴです。自家製の麦味噌とアプリコット、フェンネルの花粉のソースが皿を照らし、「皿に光をもたらす」という言葉通りの一皿が届きました。噛むたびに土と風と光の香りが広がると、リオネルシェフは言います。能登の農漁家が費やしてきた時間と敬意が、ひと口に宿っていました。<br />
<br />
高田裕介シェフ（『La Cime』）の肉料理は、驚きとともにテーブルに届きました。あえて強い食感を残し、黒文字と海藻でボイルすることで土地の香りを肉の奥深くへと宿らせています。添えられた干し肉は、半分はその場で食べ、もう半分は小さな袋に包んでお土産に。「後日食べたとき、今日の体験が蘇ってほしいのです」&mdash;&mdash;その記憶は、食後も能登とともにあり続けます。<br />
<br />
ホストの平田シェフがコースを締めたのは、中島町河内という在所の在来種「河内豆」を使った豆ご飯です。蓮の葉で包まれた一椀をほどくと、湯気とともに豆の甘い香りが漂います。担い手不足で存続の危機にある地元の祭り「塩津かがり火恋祭り」への思いを込め、「この町で採れるものだけで完結させたかった」と語る平田シェフ。草刈りをしながら見えた範囲の食材だけで完成したこの一皿は、この土地への、もっとも純粋な眼差しでした。<br />
<br />
デザートを担った加藤峰子シェフ（『FARO』）が選んだ題材は「すいぜん」。能登の法事に伝わりながら日常の継承が途絶えた、幻の料理です。「水を食べる」をテーマに、米粉と天草で透明な質感のベースを作り、ベルガモットと黒文字、能登の野いちごで雨上がりの夕日の情景を描きました。その静けさと余韻が、長いコースをしなやかに結びます。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630225457_6a43cab1635f4" alt=""></p><figcaption>日本を代表するシェフたちが肩を並べ、和やかに言葉を交わしながら七皿を組み上げていく。めったに見られない厨房の光景。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630225613_6a43cafd4e61b" alt=""></p><figcaption>野外に設えられた特設厨房では、調理そのものが風景になる。炎と香りが、渚の空気に静かに溶けていった。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630225732_6a43cb4ce53a6" alt=""></p><figcaption>言葉は少なく、動きで伝わる。一流のシェフたちが同じ厨房に立つとき、暗黙の連携が自然に生まれていた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630225910_6a43cbae87fdc" alt=""></p><figcaption>池端隼也シェフ「能登の記憶」。えご、春蘭、黒文字の香り&mdash;&mdash;地元の山と野が、最初の一皿に静かに宿った。ペアリングはParmantier F&amp;S&nbsp; Les Oriseaux (シャンパーニュ）／郁子の花のコンブチャ、大谷塩。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630230200_6a43cc5858011" alt=""></p><figcaption>生江史伸シェフ「輪島、珠洲の旅。」。珠洲の豆乳と輪島の海の記憶が、透明な氷豆腐として皿に結晶した。ペアリングはイタヤファーム　海のブラン　アルバリーニョ2025（石川県羽咋市千里浜）／柚子の新芽のアロマウォーターで水出しにした玉露。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630230310_6a43cc9e213c3" alt=""></p><figcaption>小林寛司シェフ「あいまぜ」。10種の夏野菜を千切りにして和える、冬の伝統料理の夏の再解釈。ペアリングは<br />
モンガク谷　楢2023（北海道余市町）／ニセアカシアのコンブチャ、山独活、ホップ。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630230503_6a43cd0fec123" alt=""></p><figcaption>リオネル・ベカシェフ「静かな気配」。自家製の麦味噌とアプリコット、フェンネルの花粉が、皿に光をもたらした。ペアリングはセイズファーム　プライベートリザーブ　アルバリーニョ2023（富山県氷見市）／アオサ、金萱烏龍茶。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630230135_6a43cc3fd0a94" alt=""></p><figcaption>高田裕介シェフ「纏（まとい）」。まず干し肉を噛み締め、続いて黒文字と海藻でボイルした牛肉へ。土地の香りが肉に纏う。ペアリングはドメーヌタカヒコ　ナナツモリ　ピノノワール2024（北海道余市町）／ハマゴウ、香駿紅茶。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630230627_6a43cd636d8b1" alt=""></p><figcaption>平田明珠シェフ「塩津かがり火恋祭り」。蓮の葉をほどくと、河内豆の豆ご飯が湯気と香りとともに現れた。ペアリングはくびき茶、レモンの花（ノンアルコールのみ食事のお茶として）。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630230404_6a43ccd4098a8" alt=""></p><figcaption>加藤峰子シェフ「すいぜん」。「水を食べる」という命題から生まれた、透明で静かな最後の一皿。ペアリングは白藤酒造　奥能登の白菊　貴醸酒　2025BY（石川県輪島市）／冷やし飴、辛夷の枝、ホエー。</figcaption></figure>
<h4><span></span><strong>饗宴は終わり、能登の奥深さを知る</strong></h4><p>この日のゲストのひとりとして訪れた石川県の浅野大介副知事は、席上こう語りました。<br />
<br />
「能登の食文化は、地元の伝統食からトップシェフの料理まで、幾層に重なる厚みのあるコミュニティになるべきだ。今、能登にはミシュランの星を持つシェフが5人いる。それを10人、15人へと増やしていきたい」<br />
<br />
この言葉には、具体的な政策的意図が込められています。優れた生産者と豊かな自然を持つ能登の魅力を活かし、次世代の料理人を誘致すること。それは半導体工場を誘致するのと同じように、地域の未来を変えうる投資だと副知事は言います。「箱物を作るだけでなく、目に見えない食文化にも価値を見出し、予算化して保護する」&mdash;&mdash;サン・セバスチャンのように食を目的に世界中から人が訪れる場所へ。能登のポテンシャルは、すでにそこへ向かい始めています。<br />
<br />
7つの皿のそれぞれに、6000年の歴史が息づいていました。料理人たちの自発的な意志が集まり、行政が後押しし、食文化が次の世代へと確かに手渡されていく。「行っていいのかな、と思ったなら、まず行ってみてほしい」&mdash;&mdash;この場で語られたその言葉こそ、今の能登へ向かう最良の羅針盤かもしれません。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630230823_6a43cdd7a1285" alt=""></p><figcaption>食事の途中、シェフが卓にやってくる。料理の背景を直接聞けるこの時間が、一皿の奥行きをいっそう深めた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630230951_6a43ce2f35182" alt=""></p><figcaption>マイクを握る浅野副知事。異なる立場からともに能登の未来を思う仲間として、熱量のある言葉を語った。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630231532_6a43cf8477d25" alt=""></p><figcaption>あるシェフはウェットスーツを着て海に潜り、あるシェフは周辺に生える草花を探す。シェフたちの自然との関わり方は真っ直ぐ。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630231642_6a43cfca53ab4" alt=""></p><figcaption>おいしさだけでなく、思いだけでもなく、土地の記憶と作り手の誠実さが重なるとき、料理は体験になる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4487_20260630231228_6a43cecce998a" alt=""></p><figcaption>潮の香りと山の緑、静かに広がる七尾湾。この半島の美しさは、一度訪れた人の記憶に長く残り続ける。</figcaption></figure>
<p><br />
PHOTO：MOE KURITA<br />
<br />
協力：北陸チャリティーレストラン<br />
<a href="https://www.instagram.com/hokuriku_charityrestaurant?igsh=ZDdpcmZoMmRkNWt6" rel="nofollow noreferrer" tabindex="-1" target="_blank">https://www.instagram.com/hokuriku_charityrestaurant?igsh=ZDdpcmZoMmRkNWt6</a><br />
&nbsp;</p>

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<title>美術館に飾るような器の名品に、気鋭のシェフ二人は、何を盛ったのか。［USEUM SAGA vol.07／佐賀県有田町］</title>
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<pubDate>Tue, 31 Mar 2026 13:00:00 +0900</pubDate>
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<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515093941_6a066b4d0d92d.thumb" alt=""></p>
<p>17世紀初頭、日本で最初に誕生した磁器、有田焼。
その代表的な柿右衛門様式は、濁手と呼ばれる乳白色の素地に繊細な上絵付けを施します。人間国宝を輩出しながら15代にわたって受け継がれる伝統美は、いつしか鑑賞用のアートとしての評価を高めてきました。いまや美術館に飾られるのがふさわしい柿右衛門の器を、本来の用途である皿として使い、料理を存分に味わえたなら？

そんな夢のような食体験を実現するのが「USE...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4485" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515093941_6a066b4d0d92d" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span></span>陶磁器の美術館にて、作品に料理を盛る。</h4><p>17世紀初頭、日本で最初に誕生した磁器、有田焼。<br />
その代表的な柿右衛門様式は、濁手と呼ばれる乳白色の素地に繊細な上絵付けを施します。人間国宝を輩出しながら15代にわたって受け継がれる伝統美は、いつしか鑑賞用のアートとしての評価を高めてきました。いまや美術館に飾られるのがふさわしい柿右衛門の器を、本来の用途である皿として使い、料理を存分に味わえたなら？<br />
<br />
そんな夢のような食体験を実現するのが「USEUM SAGA」。<br />
美術館に飾るような佐賀の器で佐賀の美食を堪能するプレミアムなレストランイベントです。<br />
器は有田焼に限りません。伊万里焼、唐津焼、鍋島焼、肥前吉田焼&hellip;&hellip;佐賀県が誇る器の各名産地に目を向け、新旧の名品を厳選します。<br />
<br />
2026年3月7日・8日に、第7回目の「USEUM SAGA」が開催されました。<br />
舞台は焼き物専門の美術館である佐賀県立九州陶磁文化館。館内にリニューアルオープンしたばかりの『CAFE USEUM ARITA』です。価値ある陶磁器を保存・展示し、情報発信する焼き物の聖地での開催は、「USEUM SAGA」のコンセプトのユニークさをさらに際立たせます。美術館に&ldquo;作品を使う&rdquo;という、それまでにはなかった鑑賞術を加える試みとなるからです。<br />
<br />
「USEUM SAGA」は佐賀県内の料理人を軸にした多彩な表現者とのコラボレーションも魅力です。<br />
今回の主役は、佐賀県有田町の無人駅でベジタリアンカフェ『薪の宿から』を営む髙岡盛志郎氏と、東京・六本木のモダンインド料理『NIRVANA New York』のシェフを務める引地翔悟氏です。<br />
髙岡氏は地元の意欲的な農家との結びつきを大切にしながら、野菜本来の滋味を引き出す調理を追求してきた自然派の料理人。一方の引地氏は若くして有名店の料理長を歴任してきた気鋭。2025年からは佐賀県に滞在しながら生産者との交流を続けてきました。<br />
<br />
開催の2カ月前、引地氏が『薪の宿から』でコース料理を味わい、顔合わせしたところから準備は急ピッチで進められたといいます。両氏はどのようなコースをつくり上げたのでしょうか？
<div>&nbsp;</div>
</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515094520_6a066ca0d4ee0" alt=""></p><figcaption>会場に選ばれたのは、佐賀県立九州陶磁文化館内にある『CAFE USEUM ARITA』。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515094605_6a066ccd88f04" alt=""></p><figcaption>髙岡盛志郎氏（右）と引地翔悟氏（左）が、それぞれ5品ほどの料理を作り、コースを構成した。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515094641_6a066cf15a17f" alt=""></p><figcaption>引地氏によるスープ、パニプリ、サモサからコースがスタート。繊細な絵付けの柿右衛門窯と今右衛門窯の器が食卓を華やかに彩る。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515094715_6a066d139e673" alt=""></p><figcaption>髙岡氏の「私の好きな食べ物」はパプリカと初摘み生海苔の握り。シャリには佐賀産イセヒカリと天吹酒造の赤酢を使用。一枚一枚絵柄の異なる皿は太田早紀作。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515094758_6a066d3e4f84f" alt=""></p><figcaption>火入れ方法や処理の異なる大根とカブを組み合わせた髙岡氏作の「なごり雪」。酸味の強い柑橘・ゲンコウのソースと柚子胡椒でいただく。皿は井上萬二窯。</figcaption></figure>
<h4><span></span>香りと色をめぐるヴィーガンコース。</h4><p>コースのテーマは「香りと色」。<br />
当初、引地氏が長年の研究領域としている「香り」がテーマとして掲げられ、料理に具象化する中で&ldquo;香りに色を与える&rdquo;発想が付加されました。料理には香りと色彩をめぐる記憶に関連したタイトルが付けられています。<br />
<br />
幕開きを飾ったのは引地氏による前菜3品。<br />
様々な野菜の端切れを煮込んだ出汁と小豆で作ったスープ「春待ち土」と、菜の花のパニプリ「青春のとびら」、ジャガイモと佐賀海苔をサボイキャベツで包んだサモサ「潮騒の丘から」です。柿右衛門窯と今右衛門窯の器が選ばれました。<br />
春が訪れた大地の豊かさを想起させるようなスープ、華やかなインド料理のアミューズが、やや緊張した雰囲気の会場を朗らかなムードへと変えました。<br />
<br />
ゲストが前菜を楽しんでいる間に、髙岡氏は全員分の鮨を握ります。<br />
登場したのは「私の好きな食べ物」と題する初摘み生海苔と、中トロの握り鮨&hellip;&hellip;いいえ、マグロではありません。実はこれ、直火でみずみずしく焼き上げたパプリカ。各テーブルからは楽しい驚きの声が上がりました。<br />
<br />
今回のコースは、実はヴィーガンの構成です。<br />
髙岡氏は日頃から「身近な食材でグローバルスタンダードをつくる」と表明しており、信教などによる食べ物の制約を受けにくく、世界の多くの人に楽しんでもらえる最大公約数の形としてヴィーガンを追求しています。<br />
2つの海からの多様な魚や貝に恵まれ、良質なブランド牛やブランド豚を産する佐賀ですが、あえて植物性食品のみという大きな縛りを設け、引地氏も賛同しました。<br />
<br />
果たして「縛り」という表現が正しいのでしょうか？<br />
<span style="background-color:white">北部の山地、南部の山岳地、東部の平野、西部の丘陵地の４つに大別され、それぞれに特徴のある地質が分布する佐賀は、野菜と果物の宝庫。そこへ思う存分集中できるという視点では、可能性は大きく広がります。</span><br />
<br />
<span style="background-color:white">引地氏は「僕の現在地」「羅針盤」の</span><span style="background-color:white">2</span><span style="background-color:white">品を続けて展開しました。<br />
「僕の現在地」は</span>ナスのペーストをベースに佐賀名産の白石レンコンをメインにしたマサラ。人間国宝・14代今泉今右衛門の皿に盛り付けられました。<br />
作者当人もまさかインド料理は想定しなかったと思われますが、赤銅色の花の絵柄と赤褐色のマサラが穏やかな調和を見せています。<br />
取り組んできたモダンインド料理の本道を行く技法として、引地氏は「料理人としての現在の自分を映すディフェンシブな一皿」と表現しました。<br />
<br />
対して続く<span style="background-color:white">「羅針盤」を「これまでの自分にはなかった、器との共鳴をとことんまで追求したオフェンシブな一皿」だと送り出しました。イチゴ、ミニトマト、</span>人参の葉、エディブルフラワーなどをビーツのソースでまとめたシンプルなサラダですが、皿との一体化は見事。「USEUM SAGA」のコンセプトを具象化した一皿と言えるでしょう。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515095056_6a066df012a3d" alt=""></p><figcaption>「僕の現在地」は白石レンコンとナスのペーストのマサラ、いわゆるカレー。人間国宝・14代今泉今右衛門と響き合う。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515095134_6a066e161f124" alt=""></p><figcaption>柿右衛門の名品が割り当てられ、引地氏が料理の構想に最も悩んだという一皿「羅針盤」を仕上げる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515095207_6a066e370d5fa" alt=""></p><figcaption>イチゴやトマト、ビーツの赤色をベースに野菜による絵付けで、引地氏は柿右衛門にアンサーを送った。</figcaption></figure>
<h4><span></span>野菜のチカラを、そのままに。</h4><p>引地氏に「今までの自分では絶対にたどり着けない、とんでもない一皿」と言わしめ、美食体験の新基軸を示したのが、髙岡氏による「大地の恵み」です。<br />
自然薯の上にたっぷりのるのは川久保農園の野菜。醤油の搾り粕でシンプルに味付けされています。土物を得意とする中里太郎右衛門窯と弓野窯の器が選ばれました。<br />
<br />
川久保農園は有田町の住宅地で自己流の自然農法により野菜やハーブを育てる、料理人からの注目を集める生産者。髙岡氏とは、同氏が主催するファーマーズマーケットに出店してきた盟友です。川久保農園には「ディルを何パック」などの一般的な注文はできません。「春の訪れを予感させる風」といった抽象的なオーダーをし、後日箱に多種多様な野菜が詰まって届く。それが川久保農園の野菜なのです。<br />
<br />
今回は、根を張り出したばかりの人参やヒノキの新葉なども含まれています。<br />
力強く育つ素材が持つ苦味やエグ味、渋味など、いわゆるアクも含めて美味しさに昇華させる髙岡流料理の真骨頂です。<br />
<br />
「人によっては危険な食べ物だと本能的に身構えるかもしれません。許容度には個人差があるので、自分のセンサーに素直になりながら味わってください」<br />
<br />
と髙岡氏は説明します。<br />
食べやすさに重点が置かれて過度な品種改良が進む現代にあって、「人間にとって食べ物とは」と根源的な問いを投げかけるかのようです。<br />
<br />
「料理で意識していることは？」と髙岡氏に質問すると、とても不思議な質問をしますねといった表情で答えます。<br />
<br />
「意識？　料理人として意識することは何もありません。生産者が生み出す素材を無駄にしないように、恥ずかしくない仕事をするだけです。普段の店でも、このような特別なイベントでもそれは変わらない。ただひたすら無駄にしないため作業の連続です」<br />
<br />
その極めてシンプルな思考の源には、生産者への究極のリスペクトがあるのです。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515095417_6a066eb94f673" alt=""></p><figcaption>川久保農園の野菜を堪能する髙岡氏による「大地の恵み」。器は中里太郎右衛門窯と弓野窯の陶器が使われた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515095452_6a066edcd9bde" alt=""></p><figcaption>髙岡氏による、グリーンアスパラガスとホワイトアスパラガスを甘酒とキヌア味噌のソースでいただく「草原でキャッチボール」。器は川口武亮作。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515095612_6a066f2c6786b" alt=""></p><figcaption>髙岡氏による「小さな宇宙」は、ジャガイモのニョッキに原木椎茸と白キクラゲ、発酵タモギタケを合わせた一品。皿は照井壮作。</figcaption></figure>
<h4><span></span>ドリンクの可能性は地方でこそ開く。</h4><p>髙岡氏と引地氏が伸び伸びと自分らしい料理を展開する横で、両氏を盛り立てた陰の立役者がいます。ドリンクメニューを担当した『sagoggio』の新藤桂一郎氏です。<br />
アルコールとノンアルコールのドリンクをそれぞれ8品ほど提供しました。アルコールでは天吹酒造や鳴滝酒造、光武酒造場など佐賀の蔵からの日本酒と焼酎のほか、イタリア・トスカーナ地方産を中心とする造りは小さいながらも良質なワインを厳選しました。<br />
<br />
特筆すべきはノンアルコールです。<br />
たとえば、佐賀特産の緑茶を水出しして炭酸充填し、梅の花の香りを移す。イチゴを浸けた水に黒米を発酵させたエキスと佐賀海苔の香りを付けることで、無意識の違和感が生み出す奥行きあるイチゴ水に。奔放なアイデアと高い技術に裏打ちされたドリンクは、いずれも料理の美味しさと楽しさを増幅し、また、単体でも輝きに満ちた作品でした。<br />
<br />
新藤氏は話します。<br />
<br />
「自分より優れたソムリエは日本に何万人といます。では、私にできることは？　長崎県雲仙市の小浜町という小さな町に移住し、そこから&ldquo;半径20kmの材料&rdquo;をコンセプトにドリンクメニュー作りに行っています。半径20kmの生産者、そして自ら山に分け入って採取する木々や草花に限定して構成します。今回は佐賀県の食材に焦点を当てドリンクを構成しました。ドリンクの専門家として地域に根ざして活動する意味。そんなふうに自分らしさの表現ができたら、と考えています」<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515095815_6a066fa7457be" alt=""></p><figcaption>ドリンクを担当した新藤桂一郎氏は長崎県雲仙市をベースに活動する。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515100949_6a06725df0e8a" alt=""></p><figcaption>左／佐賀産の紅茶と日南龍茶（リーナンロンチャ）とのブレンド。<br />
中／柑橘の不知火とゴボウ、黒米で作ったカクテル。<br />
右／蕎麦粉とバナナ、蕗それぞれの個性をまとめた一杯は、デザートにもよく合った。</figcaption></figure>
<h4><span></span>器とは何かと問いかけてくるデザート。</h4><p>ゲストには丸ごとヴィーガンのコースは初体験の方が大半を占めていたように思います。期待と同じくらいに不安もあったことでしょう。<br />
しかし、コースが進んでいくにつれ、それは杞憂だったことがわかります。動物性のタンパク質や脂がなくとも得られる深く豊かな滋味。爽やかな満腹感とも言える充足感。素晴らしい食材と料理人、器が織りなす時の流れにみんなが心を開放し、身を委ねています。<br />
<br />
そこへ、意外なデザートがやってきました。<br />
タイトル「今日からあなたは絵付け師さん」の通り、ゲストが皿に絵付けします。照井壮氏の無地の皿に、金柑や紫キャベツ、イチゴで作ったカラフルな絵の具で彩色します。ココナッツの粉や醤油粕をあしらうのも自由です。絵付けした皿に、ゴボウとバナナ、蕎麦粉で作ったケーキと豆乳のアイスクリームをのせて完成。「自分は絵心がないから」と尻込みしていたゲストも、いつの間にか夢中で筆を走らせて笑顔になっています。<br />
<br />
皿を自分の唯一無二の、その瞬間だけの作品に仕上げる。<br />
これほど器を意識し、器の重要性を認識する食体験は稀有と言えるでしょう。デザートを食べ終えた後の会場の満ち足りた空気に、髙岡氏、引地氏は共に確かな手応えを感じているようでした。<br />
<br />
あくる日から、髙岡氏は『薪の宿から』と『CAFE USEUM ARITA』で、&ldquo;素材を無駄にしない&rdquo;取り組みに引き続き没頭します。引地氏は、器を新たな研究のテーマに据え、佐賀に拠点を置いた活動を開始する予定です。<br />
<br />
「髙岡さんといい、川久保さんといい、東京では絶対にできないプロの仕事をさらりとやっている。素晴らしい食材があって、器があるし、お茶もある。佐賀はおもしろすぎる」<br />
<br />
引地氏が漏らした一言が印象的でした。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515101222_6a0672f639b16" alt=""></p><figcaption>デザートは照井壮作の皿に、食用の特製絵の具で自由に絵付けするところから始まる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515101256_6a067318db345" alt=""></p><figcaption>思い思いに仕上げた皿で味わうデザートは格別の味わいとなる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515101331_6a06733b89a3b" alt=""></p><figcaption>デザートの絵付け作業で、会場には一体感が生まれ、和やかな空気に満たされた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4485_20260515101423_6a06736f4df36" alt=""></p><figcaption>器へのユニークなアプローチを通じて、美食を楽しむことの新たな可能性が示された。</figcaption></figure>
<p>1977年佐賀県佐賀市生まれ。調理師専門学校卒業後、名古屋の料亭で修業を開始。カリフォルニアに渡り、鮨と割烹で腕を磨く。「Chez Panisse」での研修などを経て、佐賀市に『TIMER CALIFORNIA KITCHEN』をオープン。有田町に移住し、オーガニックな薪料理を提供する『TIMERの宿』を運営しながら、地域の生産者たちとファーマーズマーケットを開催。2022年にベジタリアンカフェ『薪の宿から』をオープン。2026年から美しい器でヴィーガン料理を提供する『九州陶磁文化館 CAFE USEUM ARITA』を手掛ける。</p>
<p>1991年東京都生まれ。大学で認知心理学を専攻し、香りと色彩が人の感覚や記憶に与える影響について研究。在学中にイタリア料理店で働き始め、大学卒業後は、『Oregon Bar &amp; Grill』でフレンチの技法と炭火を学び、『Alexander&rsquo;s Steakhouse Tokyo』では熟成や火入れの技術を習得。東京駅『ancl&aacute;r』の料理長に就任し、日本の食材とスペイン料理の融合を探求。六本木『NIRVANA New York』に参加。モダンインディアンの技法に日本の感性を重ね、わずか1年でシェフに就任。2026年から有田町での活動開始を予定する。
<div>&nbsp;</div>
</p>
<p><br />
Photograph：HIDEKI MIZUTA<br />
Text：TAKASHI WATANABE</p>

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</item>
<item>
<title>芸術家すら敵わない、未完の作品。</title>
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<pubDate>Fri, 13 Feb 2026 12:00:00 +0900</pubDate>
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<description>
<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4480_20260212225949_698ddcd5a5c4c.thumb" alt=""></p>
<p>人が初めて使った道具は石だと言われています。獲物を捕らえるためにはどうしたらいいか。火を起こすためにはどうしたらいいか。その時、人は地にある石に道具としての用途を見出しました。つまり、人類は命を宿した時から石とともに生きてきたと言っても過言ではなく、長い歳月の中、都度、石に役割を与えてきたのです。

「Re Gallery SCEARN」が第2回目に開催する展示は、香川県高松市を拠点に活動する「A...</p>
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</description>
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<![CDATA[
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4480_20260212225949_698ddcd5a5c4c" alt=""></p><figcaption>石本来の自然な表情を極力残し、機能に必要な最小限の加工のみを施した「ROCK END」。その造形は、まるで山肌のよう。</figcaption></figure>
<h4><span>Re Gallery SCEARN</span>逆転の発想から纏わせた価値。</h4><p>人が初めて使った道具は石だと言われています。獲物を捕らえるためにはどうしたらいいか。火を起こすためにはどうしたらいいか。その時、人は地にある石に道具としての用途を見出しました。つまり、人類は命を宿した時から石とともに生きてきたと言っても過言ではなく、長い歳月の中、都度、石に役割を与えてきたのです。<br />
<br />
「Re Gallery SCEARN」が第2回目に開催する展示は、香川県高松市を拠点に活動する「AJI PROJECT」。<br />
<br />
&nbsp;「AJI PROJECTの特徴は、石という素材の特性に素直に向き合いながら、用途や表現の可能性を広げている点にあります」。そう語るのは、クリエイティブディレクターのイトウケンジ氏です。<br />
<br />
ここに並ぶ石は、言わば、現代において役割を与えられた作品たち。表情豊かなそれらは、プロジェクト名の通り、庵治石。庵治石とは、香川県北東部に位置する高松市牟礼町、庵治地方のみで産出される石材であり、様々な時代を経て、地下深くのマグマがゆっくりと冷え固まって形成された火成岩の一種。鉱物は結晶が小さく、粒子の大きさで細目、中細目、中目、そして、鉄分を多く含んだものをサビ石と分類されています。その美しさから、多くの著名な建築物にも使用され、別名、「花崗岩のダイヤモンド」と呼ぶ人も少なくありません。<br />
<br />
「石を素材にデザインする魅力は、何千万年という長い時間の積み重ねが生み出した、石そのものがもつ自然な表情にあります。一方で、その魅力をどこまで手を加えずに残すのか、あるいはどのような加工を施すことで、また別の魅力を引き出すことができるのか、その&ldquo;加減&rdquo;を見極めることは簡単ではありません。石の持つ存在感を損なわずに人の手を介在させる方法を探ること、その試行錯誤の中にこそ、石を素材にデザインする難しさと同時に、大きな楽しさがあると感じています」。<br />
<br />
イトウ氏がデザインをする上で必ず意識していることは、石を単なる表面的なマテリアルとして扱わないこと。その石が持つ性質や特性と真っ直ぐに対峙し、無理のないかたちで役割を与えられているかどうか。この視点は、ディレクションとデザインのいずれにおいても、常に思考の原点となっています。<br />
<br />
そんな「AJI PROJECT」の始まりは、庵治石産地の将来に対する危機感を抱いたことがきっかけでした。<br />
<br />
「墓石需要の減少や職人の高齢化、後継者不足といった課題に直面する中、&ldquo;これまでとは異なるかたちで石の価値を示していく必要がある&rdquo;という想いから、2012年に商工会の支援事業のもと、有志の事業者13社が集まり、製品開発をスタートさせました。従来の用途にとらわれず、暮らしの中で使われるプロダクトを通して庵治石の新たな可能性を探ることが、AJI PROJECTの原点です」。声の主は、「AJI PROJECT」を運営する「蒼島」代表、二宮 力氏です。<br />
<br />
「蒼島」は、2021年に「AJI PROJECT」を引き継ぐかたちとして設立。以降、ブランドを再構築し、現在は、イトウ氏をはじめ、クリエイティブアドバイザーにはダビッド・グレットリ氏も迎え、国内外のデザイナーと協働しながら、国内外に庵治石の魅力を発信し続けています。<br />
<br />
墓石や石碑のように屋外で何十年も使われるものを作る場合、わずかな傷であっても耐候性に影響するため、無傷に近い部分だけを選んで制作する必要があります。庵治石は、もともと傷の多い地層にあるため、そのような条件を満たすものは、採石される全体のわずか数パーセント。その希少性が、石の性質と合わせて高級石材と言わしめる一方、残りの90％以上の石材は価値が高くないものとみなされ、最終的には砕かれて砂利や埋め立て材として使われてきました。「AJI PROJECT」は、その発想を逆転させ、価値の外に置かれた石を価値化させたのです。<br />
<br />
「庵治石という素材そのものだけでなく、産地に受け継がれてきた石工の高い技術や知恵も含めて、次の世代へとつないでいくことも我々の使命だと思っています。このプロジェクトを起点に、国内外を問わず多様で質の高い協業を重ねることで、技術の向上はもちろん、若い職人の意識を高め、新たな担い手を育てていく環境を整えていきたい。ゆるやかに衰退しつつある産地を、もう一度持続的なかたちで活性化させ、次の時代へとつながる確かな土台を築いていくことを大きな目標として掲げています」と二宮氏。<br />
<br />
そんな香川の石を語る上で避けて通れないことがあります。世界的著名な人物、イサム・ノグチ氏です。ノグチ氏もまた、庵治石の虜になったひとりであり、&ldquo;石は地球の骨だ&rdquo;という言葉を残しています。そのほか、流 政之氏やジョージ・ナカシマ氏の家具で知られる桜製作所、そして、猪熊弦一郎氏など、多くの芸術家や作家が香川を拠点に活動していたのは、偶然か必然か。二宮氏はこう分析します。<br />
<br />
「世界的なアーティストたちが香川に制作拠点を置いた理由は、戦後復興期に知事となった&ldquo;デザイン知事&rdquo;と呼ばれた金子正則氏が、本物の芸術や建築などで香川県民の心を豊かにしたいと、自らが陣頭指揮をして働きかけた過去があるからだと思います。当時、香川の職人の高い技術力を、世界に通用するものにするために、アーティストたちと結びつけ、新しいもの作りを始めました。瀬戸内の穏やかで美しい風景だけでなく、名前は出なくとも妥協のない仕事をする職人の技も、知られざる香川の魅力のひとつではないかと思っています」。<br />
<br />
そして、イトウ氏もまた、「ノグチ氏や流氏は、単純に石を愛したわけではないと思います。当時、熱心に香川の紹介をしてくれた金子知事や猪熊氏を信頼し、彼らに紹介された若い職人（和泉正敏）らの真摯な仕事にほれ込んで、この地を制作の場に決めたと聞いています」と加えます。<br />
<br />
今回、「Re Gallery SCEARN」では、数ある「AJI PROJECT」の作品より、「ROCK END」を中心に展示販売。一口に庵治石と言っても、その表情はさまざまであり、代表的な細目やサビ石の中にも、色味や形状が異なり、どれ一つとして同じものはありません。<br />
<br />
「ROCK ENDの特徴は、石本来の自然な表情をできるだけ残しながら、機能に必要な最小限の加工のみを施して製品化している点にあります。AJI PROJECTを立ち上げた最初の年に生まれたプロダクトであり、良い形や表情をもつ石を山で探すところから製作が始まることから、石そのものに対する職人の深い敬意が強く感じられる作品です。一見すると大胆な加工に見えますが、実際には細部に至るまで職人の手による丁寧な仕事が施されています。共に作り上げた職人はすでに他界されていますが、その想いは現在、息子さんによって受け継がれ、制作が続けられています」とイトウ氏。<br />
<br />
ROCKとは、岩や石を意味しますが、それ以外にもさまざまを含み、心の支えと比喩表現されることもあります。硬い塊にどこか優しさを感じるのは、そんなせいなのかもしれません。<br />
<br />
「すべてが一点物であるROCK ENDが数多く並ぶこの機会は極めて稀有です。ぜひ会場で実物をご覧いただき、それぞれに異なる庵治石の表情に触れていただければと思います」と二宮氏。<br />
<br />
人が生むものは、完璧を求めますが、自然が生むものは、作意なく、言わば未完。「ROCK END」は、芸術家すら敵わない作品と言っても過言ではありません。そして、それらが連なる様は、まるで山脈のよう。そんな作品との邂逅は、遥か彼方より生き抜いた庵治石の記憶との邂逅と同義だと考えます。<br />
<br />
山頂ならぬ、石頂からは、何が見えるのか。ぜひ、その絶景をお楽しみいただきたい。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4480_20260212225949_698ddcd5ca4e8" alt=""></p><figcaption>今回の展示では、「ROCK END」にフォーカス。サイズの異なる3種をkomameとsabiの2種で展開。※写真の石の種類は、komame</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4480_20260212225949_698ddcd5823f3" alt=""></p><figcaption>「石の硬さや重さ、加工方法を制約として捉えるのではなく、発想の起点として扱い、石に最もふさわしい役割を探っています」とイトウ氏。石という素材自体が持つ個性にデザイナーのアイデアが掛け合わさることで、他にはないユニークなプロダクトやコレクションを創出する。※写真の石の種類は、sabi</figcaption></figure>
<p>Photographs：KENJI KAGAWA<br />
Text：YUICHI KURAMOCHI</p>
<p>「Re Gallery SCEARN」<br />
TEL：03-6433-5201<br />
住所：東京都北青山3-13-7 2F<br />
営業時間：11:00〜19:00<br />
定休日：月曜(祝日の場合は営業)<br />
※1Fは、「SCEARN」ウェアを展開<br />
公式HP：<a href="https://scearn.com/">https://scearn.com/</a><br />
&nbsp;</p>
<p>［ギャラリーのご案内］<br />
展示内容：石頂 AJI PROJECT<br />
期間：2026年2月11日(水・祝)〜<br />
<br />
［在廊のお知らせ］<br />
AJI PROJECTを牽引するお二人が在廊されます。<br />
石と向き合うひとときを、ぜひご一緒に。<br />
<br />
在廊日時｜3月7日(土) 13:00〜16:00<br />
<br />
AJI PROJECT　代表　二宮 力氏<br />
AJI PROJECT　クリエイティブディレクター　イトウ ケンジ氏<br />
&nbsp;</p>

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<item>
<title>土と向き合い、土と生きる。宮崎県で有機農業に挑戦する生産者たち。［Miyazaki Organic Dining／宮崎県・東京都］</title>
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<pubDate>Wed, 11 Feb 2026 01:06:00 +0900</pubDate>
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<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260211010710_698b57ae485b0.thumb" alt=""></p>
<p>宮崎県では、まだ世の中に&ldquo;オーガニック&rdquo;という言葉され浸透していなかった40年以上前から官民一体となった有機農業への取り組みが続けられています。2024年からは県による「有機農業拡大加速化事業」もはじまり、宮崎県＝有機野菜のイメージはいっそう盤石になりつつあります。

弥生時代から農業が営まれてきたという宮崎県。
黒土、赤土、砂、粘りのある土──同じ県内でも場所によって土の...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4472" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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<![CDATA[
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213152337_698ec3691379d" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span></span>土と太陽に恵まれた宮崎で40年前から挑む有機農業。</h4><p>宮崎県では、まだ世の中に&ldquo;オーガニック&rdquo;という言葉され浸透していなかった40年以上前から官民一体となった有機農業への取り組みが続けられています。2024年からは県による「有機農業拡大加速化事業」もはじまり、宮崎県＝有機野菜のイメージはいっそう盤石になりつつあります。<br />
<br />
弥生時代から農業が営まれてきたという宮崎県。<br />
黒土、赤土、砂、粘りのある土──同じ県内でも場所によって土の表情はまるで違い、強い太陽のエネルギーが作物の輪郭を浮かび上がらせる土地。<br />
<br />
それは宮崎県が昔から、農業に適した土地であるということの証。<br />
けれど「適している」ことと「簡単である」ことは、決して同じではありません。<br />
たとえば有機JASの取得は、ときに自分の努力だけではどうにもならない壁にぶつかります。無農薬に取り組んでいても、周辺環境の影響を受ける。土地が冠水すれば、土壌調査はやり直し。積み重ねてきた時間が、一夜で巻き戻されることさえもあります。<br />
<br />
それでも、宮崎県には土と向き合い続ける人がいます。今回の産地ツアーで出会ったのは、「土を耕す」だけではなく、「土地の未来を耕している」ような生産者たち。その真っ直ぐな思いは、やがて東京からやってきたシェフたちの心にも火を灯しました。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213152439_698ec3a7154ec" alt=""></p><figcaption>「現地の空気感や生産者の思い、食材の裏に潜む物語を知ること」と産地を訪れる意義を語った3人のシェフたち。</figcaption></figure>
<h4><span></span>有機農業という理想を追い求める生産者と、料理人との出会い。</h4><p>産地視察に参加したのは、代官山『sel sal sale』の濱口昌大シェフ、東京『酛TOKYO』の佐久間佑吾料理長、青山『STELLAR WORKS Restaurant &amp; Bar』の三浦源シェフの3名。<br />
第一線で活躍する料理人たちは宮崎県の有機野菜と出合い、何を感じ、何を持ち帰るのでしょうか？<br />
<br />
1日目。<br />
最初の目的地は宮崎空港から車で2時間ほどかかる高千穂の農業法人『おたに家』。この秘境のような場所、標高1000ｍほどの畑で在来種を守りながら蕎麦と大豆を育てています。耕作放棄地が増えていく現実を前に、「農業を守り、地域の未来を守るため」と思いを語ってくれたのは、工藤学さん。同社には直営の蕎麦店もあり、ただ生産し卸すのではなく、付加価値をつけて伝えていく意義を見出しているといいます。<br />
「作物は商品ではなく、伝えるべき物語」そんな言葉には、山間の土地で農業を続ける人の静かな決意が潜んでいました。<br />
<br />
続いて訪ねた『甲斐製茶園』は、無農薬の茶を育て、釜炒り茶として販売する農家。言葉にすると簡単ですが、出迎えてくれた甲斐さんの言葉には、無農薬茶がいかに難しいかが滲んでいました。<br />
背の低い茶の木の下に屈んで潜り込んで手作業で除草する日々。それでも続けるのは全国茶品評会での農林水産大臣賞受賞をはじめ、苦労が「おいしさ」として結実しているから。いまでは緑茶生産の1％にも満たないほど希少な釜炒り茶という製法も、自慢の茶葉の味と香りを引き出します。<br />
<br />
「有機栽培茶は海外に販売するときに大きな強みになります」と甲斐さん。草一本を抜く手の痛みは、いつか海の向こうの誰かの一杯に繋がっていくのかもしれません。<br />
<br />
1日目の最後の訪問先は、農薬、化学肥料を使わない野菜を通して「100歳まで元気に長生き」を目標とする生産者チーム『日向百生会』です。彼らの野菜づくりの肝は、ぼかし肥料。おから、もみ殻、くず米などの穀物に微生物を混ぜ、発酵させて作った植物性のぼかし肥料は、いわば畑のサプリ。<br />
「自然の力を活かした土地で育った野菜は、本来のおいしさが詰まっています」と代表の黒木洋人さんが語る自慢の野菜に、シェフたちも驚きが隠せない様子でした。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213152459_698ec3bb15392" alt=""></p><figcaption>『おたに家』は各地の名店にも卸される玄蕎麦のほか、乾麺や雑穀、高千穂茶などの加工品も取り扱っている。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213152526_698ec3d682e93" alt=""></p><figcaption>賄いで蕎麦を茹でることも多いという代官山『sel sal sale』の濱口シェフ。『おたに家』の乾麺のコシの強さに驚きが隠せなかった。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213152544_698ec3e8ed17c" alt=""></p><figcaption>『おたに家』で企画、営業を担当する工藤学さんと、直営の蕎麦屋で調理を担当するお母様。高千穂の清涼な空気の中、地域の目指す未来を語った。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213152607_698ec3ff60a28" alt=""></p><figcaption>お茶の有機栽培を続ける『甲斐製茶園』の茶畑。高千穂の峰に囲まれた冷涼な空気が、素晴らしいお茶を育む。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213152621_698ec40d1b16b" alt=""></p><figcaption>『甲斐製茶園』で釜炒り茶の工程を学ぶ。手間ひまを惜しまぬ昔ながらの製法が、まろやかで懐かしいお茶の風味を生む。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213152632_698ec4181094c" alt=""></p><figcaption>お茶への造詣も深い佐久間料理長は、釜炒り茶を「ほっとする、優しい味」と評した。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213152642_698ec422beff8" alt=""></p><figcaption>4代続く『甲斐製茶園』は家族がチームとなって有機栽培茶に突き進む。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153020_698ec4fca9011" alt=""></p><figcaption>『日向百生会』黒木さんの案内で畑を歩くシェフたち。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153032_698ec50809170" alt=""></p><figcaption>畑に入り、生産者と語り、野菜の味や香りを真剣に確かめる三浦シェフ。その真摯な姿に生産者の話にも熱がこもる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153042_698ec512675ec" alt=""></p><figcaption>『日向百生会』の黒木さん。週に600kgをつくる「ぼかし」など、その作業は重労働だが、にこやかに思いを語ってくれた。</figcaption></figure>
<h4><span></span>畑でかじる野菜、生産者の言葉。ひとつひとつが料理のインスピレーションに。</h4><p>翌日、最初に向かったのは、東京の料理人にもファンの多い『宮崎アグリアート』。その秘密は、「品質」と「有機」が一本の線で結ばれていることにあります。たとえば米なら、種まきから精米まで一貫して生産。玄米の段階でCCDカメラを使い、一粒一粒をチェックし、虫食いや異物があればエアーで弾く。さらに精米の際にも、もう一度チェックをかける。徹底した品質への執念がまずあり、そこに「さらなる価値」として有機栽培が乗るのです。<br />
<br />
松本慎一郎さんは「オーガニックだから色や形は二の次、では駄目」と語ります。土をつくり、作物をつくり、品質にまで責任を持つ。その姿勢が、多くのシェフの共感を呼ぶのでしょう。<br />
<br />
ランチに立ち寄った田野町の『さちカフェ』も、有機農業に挑戦する生産者の直営店。カフェのキッチンに立ち、『みさき農園』の名で畑にも立つ長崎海咲さん。「土から口まで」をテーマに、畑での土づくりからカフェでゲストの口に入るまでを見届けます。<br />
<br />
『みさき農園』の土づくりは、種を撒き、育った植物を刈って土に混ぜ込む「緑肥」を軸。植物が分解され、土に馴染むまで半年はかかるという地道な作業ですが、「土のなかも多様性が大切。人間社会と同じです」と爽やかに笑います。<br />
<br />
『松井農園』の松井道生さんは、有機農業の先進地・綾町を長年牽引する伝説的人物。10ヘクタールのうち半分が水田、半分が畑。うち3.5ヘクタールが有機JASだといいます。訪問時の冬場はレタスが中心。<br />
<br />
「寒い時期に野菜が甘いのは当然。そのなかでもうちの野菜はおいしい。大根は梨のような味、人参は柿のような味がするよ」と笑います。<br />
<br />
松井さんは畑を見渡しながら「長年やっているから良い土は見ればわかる。ここは40年前と同じ土。変わらない土があることが恵まれている」と話しました。変え続ける努力の先に、変わらないものを残す。その矛盾のような真実が、胸に響きます。<br />
<br />
『ゆういちの野菜』で自家製にんじんジュースや生姜茶とともに出迎えてくれた園田雄一さんと奥様。有機JASを取得し、ニンニク、ショウガ、ゴボウ、甘藷を栽培しています。<br />
<br />
美しく整えられた畑やお二人の姿からは想像しにくいのですが、園田さんもやはり、苦労を重ねながら有機の道を歩いてきた人物。かつては丹精込めて育てた大根が一晩で全滅してしまったこともあるといいます。<br />
<br />
「有機に失敗はつきもの。失敗をして、仮説をたてて、検証をする。そうした科学的根拠を大事にしながら、次世代につなげていきたい」そんな思いを胸に、今日も畑に立ちます。<br />
<br />
最後に訪れた『もりさんファーム』では、森山康彦さんが日向夏と向き合ってきた道のりを語ってくれました。父の代から日向夏に転向し、かつては形のきれいさが重視された。その時代を越え、いまは&ldquo;おいしさ&rdquo;を第一義に考える。土づくりから改めて向き合っている。失敗が続いて、農業をやめようと思ったこともある。淡々と語られる物語は、ひとりの生産者の人生そのもの。<br />
<br />
酵母、酵素、微生物。さまざまな本や勉強会で学びながら、日々一歩ずつ前に進む。日向夏の爽やかな香りとふくよかな甘さは、偶然の産物ではなく、諦めなかった日々の結果なのだと感じられる話でした。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153124_698ec53c86570" alt=""></p><figcaption>『宮崎アグリアート』での一場面。料理人同士の意見交換にも、料理のインスピレーションが潜んでいる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153144_698ec550d8fdc" alt=""></p><figcaption>ケール、カリフローレ、キュウリ。料理人の声を取り入れながら常に前進を続ける『宮崎アグリアート』の野菜。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153157_698ec55d722f7" alt=""></p><figcaption>熱い思いと論理的な知識を持ち合わせる『宮崎アグリアート』松本慎一郎さん。料理人からの要望や意見も柔軟に取り入れる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153208_698ec5688ae41" alt=""></p><figcaption>『みさき農園』の長崎さん。産地ツアーに参加したバイヤー『坂ノ途中』の合田佳永さんと土づくりについて語り合った。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153220_698ec5748440c" alt=""></p><figcaption>『みさき農園』が手掛ける『さちカフェ』のランチは、朝どれの野菜がたっぷり。和洋中さまざまな料理に仕立てることで、野菜のポテンシャルを引き出す。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153241_698ec589b7c96" alt=""></p><figcaption>『みさき農園』の長崎さんと、『さちカフェ』での料理を担当するお母様。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153257_698ec5993a240" alt=""></p><figcaption>『松井農園』にて。畑を前に伺う有機農業は、その情熱も苦労もリアルにシェフの心に届く。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153309_698ec5a5ab0be" alt=""></p><figcaption>糖度が高く「柿のような味」といわれるニンジン。張り出した微細な根が、野菜本来の力強さを感じさせる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153327_698ec5b72cce4" alt=""></p><figcaption>松井さんは有機農業に関わって40余年。土や野菜のことなら、何を尋ねても即座に的を射た回答が届く。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153341_698ec5c5288f9" alt=""></p><figcaption>露地栽培を中心に、5ヘクタールで有機JAS認証を取得する『ゆういちの野菜』の園田さん。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153355_698ec5d3d1979" alt=""></p><figcaption>園田さんは、ニンジンや甘藷など自慢の野菜を用意してシェフたちを出迎えてくれた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153410_698ec5e26cba3" alt=""></p><figcaption>論理的・科学的思考のなかに「次の世代へ」という熱い思いを持つ園田さんご夫妻。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153428_698ec5f40fcca" alt=""></p><figcaption>のびのびと、力強く育つ『もりさんファーム』の日向夏。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153443_698ec60316279" alt=""></p><figcaption>甘さはもちろん、香りも一級品。試食したシェフたちも、さまざまな料理の可能性を感じたという。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4472_20260213153455_698ec60f720c4" alt=""></p><figcaption>石灰と酢酸の比率やアミノ酸量など話は科学的だが「半分は理論、半分は精神論」と話す『もりさんファーム』の森山康彦さん。</figcaption></figure>
<h4><span></span>宮崎の畑の物語を、東京に届けるために。</h4><p>物言わぬ土は、答えをすぐに返してくれません。抜いた草の数も、混ぜ続けた年月も、報われるまでに長い時間がかかるもの。<br />
それでも彼らは、土の沈黙と向き合い、土の変化を待ち、時には失敗に折れそうになりながら、また仮説を立てて手を動かします。その姿勢は、派手さとは無縁で、けれど確かに、土地の未来を守るための仕事。<br />
今回のツアーに参加した料理人たちが、生産者の畑で見たのは、ただの「食材」ではなく、積み重なった時間のかたちだったのかもしれません。<br />
これから実施される「Miyazaki Organic Fair」では、そんな生産者の姿勢に共感したシェフたちが、その思いを皿の上の料理に翻訳し、言葉では伝えきれない部分まで含めて伝えていきます。<br />
土の時間が、食べる人の時間へ渡っていく。その橋のたもとに、私たちは立っているのかもしれません。</p>
<p><br />
Photographs：JIRO OTANI<br />
Text：NATSUKI SHIGIHARA</p>

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</item>
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<title>生産者と料理人の共鳴。宮崎県の食材が、東京の名店で料理に生まれ変わるまで。［Miyazaki Organic Dining／宮崎県・東京都］</title>
<link>https://www.onestory-media.jp/post/?id=4471</link>
<guid isPermaLink="true">https://www.onestory-media.jp/post/?id=4471</guid>
<pubDate>Fri, 06 Feb 2026 18:41:00 +0900</pubDate>
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<description>
<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4471_20260209152705_69897e3919a32.thumb" alt=""></p>
<p>いまから2000年以上も昔。
弥生時代から稲作が盛んだったという宮崎県。
それはつまり、この地の土と水と太陽が、農業に適していた証でしょう。

そんな宮崎県はいま、有機農業の先進地として知られています。
土と向き合い、農薬や化学肥料に頼らず、植物本来の力を引き出す。そんな農業が、まだ「オーガニック」という言葉さえ広まっていなかった40年以上も前から、宮崎県では実践されているのです。

「有機に取り...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4471" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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</description>
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<![CDATA[
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4471_20260213151754_698ec212b54a9" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span>Miyazaki Organic Dining</span>料理人が熱い視線を注ぐ、有機農業の先進地・宮崎県</h4><p>いまから2000年以上も昔。<br />
弥生時代から稲作が盛んだったという宮崎県。<br />
それはつまり、この地の土と水と太陽が、農業に適していた証でしょう。<br />
<br />
そんな宮崎県はいま、有機農業の先進地として知られています。<br />
土と向き合い、農薬や化学肥料に頼らず、植物本来の力を引き出す。そんな農業が、まだ「オーガニック」という言葉さえ広まっていなかった40年以上も前から、宮崎県では実践されているのです。<br />
<br />
「有機に取り組んで、失敗したことがない生産者はいないと思います。失敗を糧に次に挑む。その繰り返しが有機農業です」<br />
<br />
ある生産者はそう話しました。<br />
その真摯な姿勢は、おいしさを追求する料理人たちと響き合います。<br />
プロとして日々多くの食材と向き合う料理人がいま、宮崎県の有機野菜に熱い視線を送っているのです。<br />
<br />
そんな生産者と料理人の共鳴の形として、東京で厨房に立つ6名の料理人が、宮崎県の産地を訪れ野菜を視察し、そしてその経験を元に料理を考案する「Miyazaki Organic Dining」が開催される運びとなりました。<br />
はたして料理人たちは宮崎県の生産者に何を感じ、どんな野菜を使って、どんな料理を仕立てるのでしょうか？</p>

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<title>佐賀の「食材」と「器」を「料理人」の感性で磨き上げる取り組み、10年の節目。食の未来へ、地方から光を当てる。
[SAGAガストロノミー会議／佐賀県佐賀市]</title>
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<pubDate>Thu, 05 Feb 2026 12:33:00 +0900</pubDate>
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<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123431_69840fc75d979.thumb" alt=""></p>
<p>2025年10月18日・19日、佐賀市の中心部、佐賀城公園は熱気に包まれていました。10周年を迎えた音楽ステージとアートのフェスティバル「佐賀さいこうフェス」を、老若男女が思い思いに楽しんでいます。
その一角、佐賀県立博物館・美術館のエリアには、食に携わるプロフェッショナルたちが全国から集結していました。フェスとはまた違った、静かにたぎるボルテージに包まれています。様々な視点・角度で「食」の未来に...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4470" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123431_69840fc75d979" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span></span>「食」の未来について、食べて、知って、考える祭典</h4><p>2025年10月18日・19日、佐賀市の中心部、佐賀城公園は熱気に包まれていました。10周年を迎えた音楽ステージとアートのフェスティバル「佐賀さいこうフェス」を、老若男女が思い思いに楽しんでいます。<br />
その一角、佐賀県立博物館・美術館のエリアには、食に携わるプロフェッショナルたちが全国から集結していました。フェスとはまた違った、静かにたぎるボルテージに包まれています。様々な視点・角度で「食」の未来について、食べて、知って、考える祭典「SAGAガストロノミー会議」です。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123404_69840fac44510" alt=""></p><figcaption>「SAGAガストロノミー会議」は佐賀県立博物館・美術館などの会場で開催された。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>「SAGAガストロノミー会議」は佐賀県が長い間あたため、満を持して開催したイベントです。ベースとなっているのは、&ldquo;食材&times;器&times;料理人&rdquo;をテーマに10年前から活動を続けてきたプロジェクトです。2015年の有田焼創業400年事業でスタートした「食」と「器」の取り組みは年々進化を遂げ、2021年に「サガマリアージュ」へと発展。「食材」と「器」を「料理人」の感性で磨き上げながら、料理という一皿の上に佐賀の可能を表現・発信していくことで、新たな価値を創造するプロジェクトとして進行中です。<br />
佐賀県はいずれも個性的な地域色を持つ福岡県と長崎県に挟まれ、やや地味な県だと見過ごされがちでした。しかし、ローカルを見つめる全国の目利きたちは、早くからその高いポテンシャルに気づいていました。佐賀は玄界灘と有明海という２つの海を要する特異な地。呼子のイカ、竹崎カニ、有明のムツゴロウや海苔をはじめ、多様な水産物が水揚げされる魚介の宝庫です。<br />
一方、大地に目を向けると、そこは農畜産物のパラダイス。有数の米どころであり、地場の米を使った日本酒の銘醸も揃っています。収穫量全国2位を誇るタマネギ、重粘土質の土壌で栽培されるレンコン、自然薯&hellip;&hellip;伝統野菜も枚挙にいとまがありません。みかんにイチゴ、梨といったフルーツ、佐賀牛やありたどりなどの畜産物も全国的に人気です。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123354_69840fa2d640f" alt=""></p><figcaption>佐賀特産の野菜や果物、加工品が集められた「MARCHE」も設置され、賑わった。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123600_69841020bc1a4" alt=""></p><figcaption>「FOOD PARK」では東京の「Night Market」「Nirvana New York」、福井の「昆布屋孫兵衛」、福岡の「pain stock」などが出店。連日売り切れの人気を見せた。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>そして何と言っても、佐賀の個性を決定づけているのが「器」です。400年以上続く有田焼、唐津焼、伊万里焼を筆頭に、高品質な陶磁器の産地がこれだけ集積している地は、世界的にも類例を見ません。<br />
食材と器という豊かな資源の価値を、食を人々に届けるラストワンマイルを担う料理人がいかに引き出し、創造性を高められるか？　 &ldquo;食材&times;器&times;料理人&rdquo;の掛け算に取り組んできたのが「サガマリアージュ」なのです。<br />
onestoryは同プロジェクトを絶えず追いかけてきました。<br />
料理人、生産者、窯元、蔵元らの交流や全体的なレベルアップを目指す研究会「サガマリアージュラボ」。<br />
県外のシェフやパティシエを招聘し、生産者を訪ねてビジネスマッチングを図る「サガマリアージュツアー」。<br />
美術館に飾るような器で佐賀の美食を楽しむプレミアムレストランイベント「USEUM SAGA」。<br />
ローカルに興味のある料理人が佐賀に一定期間滞在しながらクリエーションを高める環境を提供する「シェフレジデンスSAGA」。<br />
ひたむきに取り組むシェフや生産者ら多くのプレイヤー、そして生み出された料理を口にして笑顔を浮かべるゲストたちの姿を、取材を通して見つめてきました。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123537_69841009b5e58" alt=""></p><figcaption>山口祥義知事のスピーチにより「TALK SESSION」がスタート。食と器に焦点を当てた取り組みは今後も続けていきたいと話す。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>今回の「SAGAガストロノミー会議」は、多角的な取り組みを続けてきた10年の節目として、プロジェクトに関わってきた方々が一堂に会し、「食」のネクストステージを共に探る場として開催されました。<br />
「SAGAガストロノミー会議」は、多彩なテーマでの「TALK SESSION」、気鋭のシェフやパティシエによる特別メニューが味わえる「FOOD PARK」、佐賀が誇る食材が集まる「MARCHE」の３本柱で構成されています。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123545_69841011676f0" alt=""></p><figcaption>佐賀の食文化を美食地質学の観点で解説する巽好幸氏。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>目玉は「TALK SESSION」。その口火を切ったのは、「マグマ学」を専門とする地球科学者・巽好幸氏による「【地質学】美食地質学が紐解く、佐賀の食」です。同氏は、マグマやプレートなど地球のダイナミックな動きと地域の食文化との関係を解き明かす美食地質学の創始者。地形や地質が農業や産物、調味料、調理法へもたらした影響について科学的根拠を示し、なぜその食材がおいしいのか？　なぜその食材が地域で好まれているのか？　といった素朴な疑問に答えていきます。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123552_69841018cb7cf" alt=""></p><figcaption>おいしさの根拠も科学的に解き明かしていく。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>話はなんと800万年前から始まり、オーディエンスは冒頭から度肝を抜かれました。そして現在に至るまで九州の大地は変動し続け、九州は地理的に南北に分断されようとしている事実が告げられました。その大地の大きな動きに端を発し、広範囲に流れていった溶岩流によって佐賀の複雑な地形がつくられました。<br />
呼子のイカがなぜおいしいのか、嬉野でなぜ上質なお茶が穫れるのか、なぜ磁器生産が高度に発達したのか、佐賀にまつわるさまざまな謎が巽氏によってマジックの種明かしのように解明されていきました。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123616_69841030f0b01" alt=""></p><figcaption>左から「m<span style="background-color:white">&ucirc;rir</span>」の渡辺光実シェフ、「馳走 西健一」の西健一シェフ、「ひまわり食堂２」の田中穂積シェフ。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>「【ローカルガストロノミー】食の未来を拓く、ローカルの力」もまた注目を集めました。登壇したのは、「ローカルガストロノミー」を実践する、今最も脂の乗ったシェフたち。富山県富山市のイタリアンレストラン「ひまわり食堂２」の田中穂積シェフ。静岡県焼津市のフレンチレストラン「馳走 西健一」の西健一シェフ。そして、新潟県糸魚川市のフレンチレストラン「m<span style="background-color:white">&ucirc;rir</span>」の渡辺光実シェフです。<br />
3人のシェフは、それぞれの店が立地する地域の自然環境や特徴的な食材について解説しました。「ひまわり食堂２」がある富山市は、3000m級の立山連峰から水深1000mへ急激に落ち込む富山湾が近距離にある特殊な地形。ブリや白エビをはじめとする富山湾の魚介、清冽な雪解け水が育む山の幸を、田中シェフは個性的なイタリアンに仕立てています。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123608_69841028c0b92" alt=""></p><figcaption>ローカルで店を構えた経緯や地域の魅力について解説された。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>「馳走 西健一」は３つの漁港を擁する焼津の魚に西シェフが惚れ込み、広島から移住<br />
・開業させたレストラン。焼津は多様で上質な魚が豊富に揚がる地ですが、中でも名鮮魚店として知られる「サスエ前田魚店」の魚を扱えるチャンスが巡ったことで、西シェフは移住を即決したと話します。<br />
糸魚川の「m<span style="background-color:white">&ucirc;rir</span>」は最寄駅から車で30分ほどの農業振興地域にあります。四方を広大な田んぼに囲まれた一軒家レストランです。まわりの田んぼはレストランを運営する農園のもの。渡辺シェフは農園の一員として米作りに勤しむ農家でもあります。提供されるのはお米をテーマにしたフルコース。メインディッシュは、土鍋で炊いた白米と焼きおにぎりというから徹底しています。<br />
3人のシェフは店を開くに至った経緯、ローカルで店を構える実情、今後の目標などについて語り合いました。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123627_6984103b9d330" alt=""></p><figcaption>左からすし作家の岡田大介氏、「金沢鮮魚」の金澤亮氏、「袈裟丸水産」の袈裟丸彰蔵氏、フードジャーナリストの佐々木ひろこ氏。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>「【海の資源】九州の海から考える。海と食のサステナブルな関係」には、4人の個性的なスピーカーが登壇しました。まず一人目が、東京・文京区ですし店「酢飯屋」を経営しながら、福岡を拠点にすし作家、海藻料理研究家として活動する岡田大介氏。そして、全国屈指の漁場と言われる長崎県五島列島で創業70年の鮮魚店「金沢鮮魚」を営む金澤亮氏。地元佐賀からは、唐津の漁師「袈裟丸水産」代表の袈裟丸彰蔵氏が参加しました。ファシリテーターを務めたのは、豊かな海と食文化を未来につなぐために東京・京都のトップシェフ約40名で構成される団体「Chefs for the Blue」代表で、フードジャーナリストの佐々木ひろこ氏です。<br />
岡田氏は、すしは海の生き物について興味を持ってもらい、サステナブルな海洋資源利用の課題を知ってもらう格好のツールとして捉えます。子どもたちを対象にしたワークショプや講演活動をはじめ、すしと魚、調理法などをわかりやすく解説した絵本制作など多彩な活動を続けています。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123412_69840fb49d7d3" alt=""></p><figcaption>岡田氏は全国各地でのすし文化のリサーチ、ワークショップなどでの実体験を披露する。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>金澤氏は鮮魚店の立場で海の保全活動に力を入れています。彼が危惧するのは、魚の住処である海藻がなくなってしまう磯焼け。その原因となるウニやアイゴなどの食害魚は、市場で値がつかないため漁師は好んで獲りません。金澤氏はそのような食害魚や行き場のない未利用魚を買取り、魚醤の原材料にすることで有効利用しています。出来上がる魚醤は臭みもなく、芳醇な旨みが特徴。海の環境改善、漁師の収入増、消費者への高品質な食品の提供という好循環を生み出しています。<br />
やはり磯焼け問題に取り組んでいるのが袈裟丸氏です。海士として海に潜ってアワビやアカウニを獲る漁師である彼は、20年以上前から海に海藻を増やすために藻場の再生に取り組んできました。ガンガゼやムラサキウニなどの食害生物を見つけては駆除し、藻場の造成に時間を費やす地道な作業です。漁の時間を減らして、駆除作業を続けること10年でようやく藻場の復活の兆しが見え、増加に転じたと言います。現在は、全国でも極めて珍しい藻場再生の成功例として、そのノウハウが各地の海で継承されようとしています。<br />
３氏はそれぞれの取り組みをさらに深め、広げるとともに、情報発信の重要性について意見が一致しました。いいことも悪いことも正しく発信し、より多くの賛同者を得ること。プロジェクト成功のカギはそこにあると確認し合いました。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123418_69840fbab1543" alt=""></p><figcaption>左から「ESqUISSE」の山本結以氏、「Patissi&egrave;re MAYO」の池田真代氏、「Otowa restarant」の音羽香菜氏。</figcaption></figure>
<h4><span></span>自然環境、働き方、食文化、工芸&hellip;&hellip;多角的に食を見つめる</h4><p>「【ダイバーシティ】料理の世界を現場から変える、わたしたちの挑戦」では、いずれも高い評価を受けるレストランから、３名の女性が登壇しました。東京・六本木の完全予約制のカウンターデザート店「Patissi&egrave;re MAYO」のオーナーパティシエール・池田真代氏。東京・銀座の２ツ星フランス料理店「ESqUISSE」の総料理長・山本結以氏。栃木県宇都宮市のフラン料理店「Otowa restarant」でサービスを担当する音羽香菜氏の３名です。<br />
池田氏は菓子工場や結婚式場、レストランで研鑽を積み、予約3年待ちにもなったレストランの立ち上げに参画。2021年に現在の店を開業しました。2025年には初出産を経験。臨月まで店に立ち、産後1ヶ月で職場復帰し、この日も料理人であるご主人に育児を任せて出張での仕事に専念していました。<br />
山本氏はフランスや東京のレストランで修行後、2021年から国内屈指のグランメゾンである「ESqUISSE」に勤務。35歳以下の料理人コンペティションにてグランプリと女性最上位の特別賞をダブル受賞。2024年に同店の総料理長に就任しました。<br />
音羽氏は海外のレストラン勤務を経て、父であり日本を代表するフランス料理人・音羽和紀の店「Otowa restarant」の一員に。3人の子育てをしながら、2人の兄やそのパートナーたちとレストランを切り盛りしています。また、関連会社の代表、世界の一流宿泊施設とレストランの加盟団体「ルレ エ シャトー」の国際執行委員も務めています。<br />
それぞれに異なるバックグランドを持つ3人は、自身の仕事観やキャリアパスを披露し、飲食業界の第一線における女性活躍のヒントを探るセッションになりました。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123509_69840fed96f2b" alt=""></p><figcaption>器と料理をテーマした最終セッションでは、７名が登壇し白熱した議論が展開された。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>最後を飾るトークセッションでは、佐賀ならではのテーマ「【器と料理】器と料理の創造性に溢れた共創のかたち」が掲げられました。スピーカーは、器の作り手として、唐津焼の窯元「隆太窯」の中里健太氏と、伊万里焼の窯元「畑萬陶苑」の畑石修嗣氏。料理人として、福岡のフレンチレストラン「Goh」「Goh Gan」のシェフ・福山剛氏と、長崎のイタリアンレストラン「villa del nido」のシェフ・吉田貴文氏。情報発信者の立場から九州にフォーカスしたでメディア「クオリティーズ」編集長の日野昌暢氏、日本全国の美食を取り上げる「食楽web」プロデューサーの大西健俊氏が参加。「サガマリアージュ」を立ち上げた佐賀県政策部の安冨喬博氏がファシリテーターを務めました。<br />
窯元の畑石氏と中里氏は、個人の作家活動として、料理人からの特注品の依頼を積極的に受けていると話します。発注内容の具体性は料理人によって千差万別。畑石氏がフランス料理店「HAJIME」の米田肇シェフから受けたデザート皿の依頼は、サイズやフォルム、色の指定まで厳密で、その忠実な再現に苦労したと言います。一方、福山氏からの依頼はかなり抽象的かつ自由度の高いものでした。<br />
「安冨さんと一緒に畑萬陶苑を訪ねた10年ほど前は、ようやくお皿に使えるお金ができてきた時期。あまり知識もなく、売れ残っているお皿を安く譲っていただけたらラッキーくらいの感覚でいました（笑）。ところが、作陶の現場を拝見し、お話をうかがったら、これはぜひ注文したいと考えが変わりまして。要望はシンプルで、サイズ感と&ldquo;モダンクラシック&rdquo;というテーマだけお伝えしました。通常の鍋島様式のルールをあえて逸脱した想像を超えた作品に仕上げていただき、大満足でした」（福山氏）<br />
「料理人の方からの依頼は我々の仕事の幅、そしてクリエーションの幅を広げてくれます。磨いた技術とアイデアはその後の武器になりますし、有名シェフからの依頼であり具体的な使用シーンが見える仕事は、現場スタッフの士気も上げてくれます。これからもどんどん挑戦していきたいです」（畑石氏）<br />
「福山さんが関わるレストランイベントでは、コースすべての器を一から作らせていただきました。こういったオファーは得てして納期が短いことが多く作業負荷も高いのですが、畑石さんがおっしゃる通りやりがいが非常に大きいので、積極的に関わらせていただいています」（中里氏）</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123441_69840fd1720c5" alt=""></p><figcaption>右から「畑萬陶苑」の畑石修嗣氏、「隆太窯」の中里健太氏、「villa del nido」の吉田貴文氏、「Goh」の福山剛氏。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>いわゆるファインダイニングでは、渾身の料理をオリジナルの器に盛り付けて一皿を表現したいシェフが多い中、吉田氏の器に対するアプローチは一風変わっています。<br />
「以前は窯を訪ねる時には欲しい皿をイメージして行ったものですが、作家さんの話を聞いて感銘を受けたものや、おすすめされるものを購入するようになっていきました。食材に対するアプローチと同じなんですが、食材ありき、器ありきで、それをどう使うか？　という受け身のスタンスが自分には向いていると気づいたからです。自分の理想の器に盛ることは高次元の表現です。しかし私の場合は、お皿をどう使えば食材を活かせるか、より良い料理にできるかと追求する方が、新たなクリエーションを盛り込むことができ、より良い一皿にできます。なかでも畑石さんと中里さんはクリエーションを刺激してくれる大好きな作家さんです」（吉田氏）<br />
「先日、6人のシェフが同じ器を使って料理をするイベントを行いました。盛り付けは本当に各社各様で興味深かったです。&ldquo;おいしさ&rdquo;の要素に味が占める割合は20％程度じゃないかと思っています。ほか80%は空間の雰囲気や器、香りなど。特に器は非常に重要なファクターですね」（福山氏）</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123517_69840ff5001a8" alt=""></p><figcaption>左から「クオリティーズ」の日野昌暢氏、佐賀県政策部の安冨喬博氏、「食楽web」の大西健俊氏。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>話題は、「県外から見た佐賀の魅力とは？」　に移りました。<br />
「地域の魅力とは、日本中に、世界中に、その土地その土地ならではものがあり、深く知ればどこもすばらしいポテンシャルを持っているものだと思っています。そんな中でも佐賀は、隣の県に住む者からすると、食材のレベルが総じて一段階高いように感じています。加えて、ハイレベルな器があります。食材と器がどちらもあるのは、料理人にとって非常に魅力的に感じます」（吉田氏）<br />
「福岡からすぐに来ることができて、すばらしい生産者が多いので、勉強のために、またプライベートの楽しみとして頻繁に足を運んでいます。訪れるようになって気づいたのは、佐賀県内でも地域地域で特色が異なること。多様性があることが魅力ですね」（福山氏）<br />
「私は福岡出身で現在は東京で暮らしていますが、福岡出張となると誰もが喜ぶんです。おいしいものがあるからと。なぜ福岡のごはんがおいしいかというと、九州各地のいい食材が集まってきていて、大都市であることから料理の洗練度も高いから。ただ私は、福岡で喜んでいる人に言うんです。九州にはその先があるんだぞ、と。九州各地に目を向け、より産地に近いところで、またその土地の料理人による調理で味わうと、もっとすごい体験ができると。食材のクオリティ、そして器。佐賀のポテンシャルは実はすさまじく、今注目するディスティネーションレストランのコンセプトをまさに体現する県だと思っています」（日野氏）</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4470_20260205123530_698410020b1d1" alt=""></p><figcaption>器作家と料理人が交流する価値について話す畑石氏。</figcaption></figure>
<h4><span></span></h4><p>onestoryと佐賀との関わりは10年前、唐津で開催された『DINING OUT ARITA』に遡ります。そして佐賀県としても『DINING OUT ARITA』を皮切りに、「アジアのベストレストラン50」、「USEUM SAGA」、そして「サガマリアージュ」のプロジェクト立ち上げと、&ldquo;食材&times;器&times;料理人&rdquo;をテーマに<span style="background-color:white">地域の魅力を見つめ直す10年の歳月が始まったのではないでしょうか？　振り返ると小さな一歩だったものが、今これほど深くさまざまな分野のプロが佐賀の食の魅力を議論する。10年の歳月とは、地域もを動かしていく、そんな時間だったのかもしれません。</span><br />
<span style="background-color:white">名護屋城跡を会場に、パリで活躍する渥美創太シェフを招聘し、２日間だけのプレミアムな野外レストランが開かれました。器はこの日のために佐賀県各地の窯元が作り上げたオリジナル品。畑石、中里両氏もそれぞれ皿を提供しました。当時を安冨氏が振り返ります。</span><br />
<span style="background-color:white">「この日の料理のためにだけに各作家に器を作ってもらうのは、非常にチャレンジングな試みでした。結果、大変な好評を得て、これを契機に日本各地の料理人の方に佐賀の器に注目していただけるようになりました。そのような料理人と窯元、生産者をつなげる活動を地道に続けてきたことで、膨大なネットワークが構築され、かけがえのない財産となっています」（安冨氏）</span><br />
<span style="background-color:white">「私たち作家にとっても器を使う最前線にいる料理人の方と接点ができ、また多くの他業種から刺激を受ける貴重な機会をいただいています。今後もそのような交流を深めて、よりよい作品を生み出していきたいです」（畑石氏）</span><br />
「完成された一皿。料理は食べてしまえば消えますが、お皿はそこに残り、その後、何年、何十年と使われます。儚さと存在し続ける確かなものが一体となること。それが料理と器の共創なんじゃないかと感じています」（福山氏）<br />
佐賀の地で&ldquo;食材&times;器&times;料理人&rdquo;をテーマにしたチャレンジを続け、世界に発信し続けて10年。そこには類まれな食材があり、魅惑の器があると、興味を持ち実際に足を運ぶ料理人は着実に増えています。ローカルに潜む価値を掘り起こし、自分なりの表現に昇華させることの重要性に気づき始めた表れといえるかもしれません。<br />
各界の実力者、チャレンジャーが集った会場では、熱い議論が展開され、「SAGAガストロノミー会議」の充実した２日間は終了となりました。そこに参加した人の中には、「食」の未来が描かれたことでしょう、明るく幸福なものとして、力強く。</p>

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<title>天を彩る誓い。三和酒類の決意。</title>
<link>https://www.onestory-media.jp/post/?id=4468</link>
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<pubDate>Wed, 10 Dec 2025 20:00:00 +0900</pubDate>
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<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132058_691fe8aa016af.thumb" alt=""></p>
<p>「いいちこ」、はたまた「iichiko」と聞き、お酒を嗜んでいる人であれば、知らない人はいないでしょう。それほどまでに社会に認知されていることは、偉業と呼ぶにふさわしい。

加えて、昭和54年(1979年)の誕生以来、実にユニークな広告も話題に欠かせない。ブランドと直結しないビジュアルとコピーは、まるで世間へのテーゼのよう。当時、時代を先ゆく、いや、先ゆき過ぎたそれは、今見ても心に響くものがありま...</p>
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<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132058_691fe8aa016af" alt=""></p><figcaption>「宇佐神宮」の「上宮」にて行われた、「iichiko彩天」カクテル御奉納の儀。御鎮座1300年を迎える節目に、「三和酒類」もまた、節目を迎える。</figcaption></figure>
<h4><span>三和酒類</span>「宇佐神宮」御鎮座1300年に迎えた、「三和酒類」の節目。</h4><p>「いいちこ」、はたまた「iichiko」と聞き、お酒を嗜んでいる人であれば、知らない人はいないでしょう。それほどまでに社会に認知されていることは、偉業と呼ぶにふさわしい。<br />
<br />
加えて、昭和54年(1979年)の誕生以来、実にユニークな広告も話題に欠かせない。ブランドと直結しないビジュアルとコピーは、まるで世間へのテーゼのよう。当時、時代を先ゆく、いや、先ゆき過ぎたそれは、今見ても心に響くものがあります。<br />
<br />
そんな画期を創出した主は、「三和酒類」。そして令和7年(2025年)、新たな戦いに挑む。日本伝統の麹のうまみを最大限に表現した本格麦焼酎「iichiko彩天」を誕生させ、世界を目指します。<br />
<br />
その祈願のために訪れたのは、御鎮座1300年を迎える「宇佐神宮」。共に節目を迎える両者は、過去にない御奉納へと結実してゆきます。<br />
<br />
今回、その御奉納を祝し、「三和酒類」の面々と限られた人のみ参列。後者は証人となるべく、企業理念や哲学を学ぶだけでなく、精神を清めるため、事前プログラムを経て当日に臨みます。<br />
<br />
「いいちこ日田蒸留所」、「辛島 虚空乃蔵」を巡り、酒造りや利き酒、地産地消の料理とのマリアージュなどを体験し、酒造りだけでなく、風土や食文化の知見も深めます。<br />
<br />
今回、注視した行程は、「宇佐神宮」に向かう前、「両子寺」からの時間。御奉納祭に向け、五感を研ぎ澄まします。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132107_691fe8b3689b2" alt=""></p><figcaption>今回のプログラムは、2日。まず1日目、最初に向かった先は、「いいちこ日田蒸留所」。ここで酒造りのこだわりや製造工程などを学ぶ。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132108_691fe8b41b02b" alt=""></p><figcaption>上記、酒造りを学んだ後、「いいちこ」の全麹常圧蒸留原酒、全麹減圧蒸留原酒、長期熟成貯蔵酒の利き酒やブレンドを体験。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132108_691fe8b4b243f" alt=""></p><figcaption>「辛島 虚空乃蔵」は、識る、感じる、愉しむといった3つの体験を通して酒造りの文化や発酵の魅力を満喫できる施設。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132109_691fe8b55e440" alt=""></p><figcaption>レクチャーを受けながら、「和香牡丹 輪秦ff 第1楽章」、「和香牡丹 輪秦f 第3楽章」、「和香牡丹 輪秦f 第4楽章」と味噌麹焼き3品、柚子胡椒をマリアージュ。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132128_691fe8c8b42a0" alt=""></p><figcaption>「辛島 虚空乃蔵」の敷地内には、日本酒とクラフトビールの醸造場も併設。多種多様なお酒だけでなく、厳選された地元の名品も揃う。</figcaption></figure>
<h4><span>三和酒類</span>身息心（しんそくしん）を整え、仏の世界から神の世界へ。</h4><p>「両子寺」での体験の主は、座禅。では、座禅の目指すものは何か。それは、意識を集中させることです。<br />
<br />
現代社会においては、マルチタスクのような身のこなしが美徳とされてしまいますが、果たしてそれが正しいのか。座禅はその真逆。ひとつのことに集中し、今ここに决する。その手法が呼吸です。<br />
<br />
<span style="background-color:white">かのスティーブ・ジョブス氏もまた、禅の思想に触れ、その哲学を自身の生活と仕事に取り入れ、ビジョンと革新的なアイデアを追求し続けたひとり。</span><br />
<br />
散漫となる意識を呼吸に集中し、身息心(しんそくしん)を整える。ゆっくりと口から息を吐き、ゆっくりと鼻から息を吸う。しかし、その反復は、簡単ではない。字のごとく、自の心が研ぎ澄まされてゆく。<br />
<br />
実は、「両子寺」は「宇佐神宮」との関係が深く、寺の名はそれに由来しています。「宇佐八幡」には、5人の子がおり、その中の2番目と3番目は、大葉枝、小葉枝という男女の双子の神様。その双子は、「宇佐八幡」からこの地に下りたと伝えられ、山は「両子山」と呼ばれるようになり、その山にある寺ゆえ、「両子寺」に。<br />
<br />
江戸時代には、「六郷満山」を統括する寺となり、「宇佐神宮」の庇護を受けながら、国東半島では「両子寺」を中心に神仏習合の信仰と寺院文化が発展。「六郷満山仏教文化」として根付いていったのです。<br />
<br />
心身を整え、歴史を学び、一同は、仏の世界から神の世界へ。「宇佐神宮」に向かいます。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132129_691fe8c94c222" alt=""></p><figcaption>2日目に向かった先は、「両子寺」。「無明橋」を渡ってすぐ、国東半島最大の石造仁王像が出迎える。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132129_691fe8c9dd599" alt=""></p><figcaption>1300年前から続く山岳修行を今に伝える法嗣の寺田豪淳師より、歴史や文化などの教えを請い、境内にて座禅を行う。手の仕草は、頭を天へ突き上げるような姿勢を保つと指導。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132130_691fe8ca5ff61" alt=""></p><figcaption>参列者に振る舞われた食事は、大分県宇佐市出身の「生活工房とうがらし」代表であり、「かみや塾」主宰の神谷よしえさんのおにぎり。「ごはんはエール」をモットーに、にぎりびととしても活動。</figcaption></figure>
<h4><span>三和酒類</span>鈴の音のごとく、清く鳴り響くシェイカー音。カクテル御奉納の儀。</h4><p>全国には4万社以上あると言われている「八幡社」。その総本宮でもある「宇佐神宮」の始まりは、奈良時代まで遡ります。現在の場所に社殿を建立し、八幡大神を祀った神亀2年(725年)から数え、令和7年(2025年)、御鎮座1300年を迎えます。そんな「宇佐神宮」は、「三和酒類」にとって特別な存在でもあります。なぜなら、昭和53年(1978年)、創業20周年を迎える節目に本格麦焼酎「いいちこ」の命名披露を行った地だったのです。<br />
<br />
「上宮」へ。清く凛と静寂な空気の中、「iichiko彩天」の祈願奉納祭が始まります。太鼓の音が鳴り響き、起立。「宇佐神宮」の古儀、二拝四拍手一拝。着座の時間においても、程よい緊張感が身体中を巡る。刹那、先ほど体験した座禅のような感覚が蘇る。ゆっくりと口から息を吐き、ゆっくりと鼻から息を吸う。体内から心音が響き、血液の循環すら感じる。身息心を整え、その時を待つ。<br />
<br />
今回、特異な点は、カクテル御奉納という儀であること。シェイカーを振るのは、一般社団法人日本バーテンダー協会 会長であり、「BAR HIGH FIVE」の上野秀嗣氏。その音は、まるで鈴の音のごとく、場を清め、邪気を払うようです。<br />
<br />
宮司の小野崇之氏もまた、「バーテンダーの方がシェイカーを振る音が、これほどまでに神々しいものか」という言葉を残しています。<br />
<br />
そして、「本年は初物尽くし、100年に一度のことばかりでした。カクテルを御奉納いただくことは、宇佐神宮始まって以来。iichiko彩天が世界に向けて発信され、皆様方に親しまれるお酒になりますよう、衷心より祈念を致しております」と続け、滞りなく御神事を終えました。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132130_691fe8cacda90" alt=""></p><figcaption>「三和酒類」を始め、限られた関係者やメディアのみ、祈願奉納祭の参列が許された「iichiko彩天」カクテル御奉納の儀。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132131_691fe8cb4af7d" alt=""></p><figcaption>「宇佐神宮」の神々しい世界に「iichiko彩天」が同居した瞬間、参列者は大きな感動を覚えたに違いない。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132131_691fe8cbbc7b7" alt=""></p><figcaption>今回、御奉納されたカクテルは3種。左より、一般社団法人日本バーテンダー協会 九州本部 本部長であり、「Twins BAR」の山下和弘氏、一般社団法人日本バーテンダー協会 会長であり、「BAR HIGH FIVE」の上野秀嗣氏、一般社団法人日本バーテンダー協会 関西本部 本部長であり、「Bar, K」の松葉道彦氏。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132132_691fe8cc32195" alt=""></p><figcaption>上記3名を代表し、シェイカーを振るのは、上野氏。静まり返る凛とした空気の中、シェイカーの音が清く鳴り響く。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132132_691fe8cca3ff8" alt=""></p><figcaption>御奉納されたカクテル3種。iichiko彩天、コアントロー、フレッシュレモンジュースを合わせた「白麹麗人（ホワイト麹レディ）」」、iichiko彩天、宇佐神宮ワイン、グレナデンシロップを合わせた「神麹」、iichiko彩天、ブルーキュラソー、フレッシュレモンジュース、ブラックサンブーカを合わせた「天空の麹」。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132133_691fe8cd1a267" alt=""></p><figcaption>「宇佐神宮」御鎮座1300年の想いと共に、今回行われたカクテル御奉納の儀がいかに特別なものだったかを語る、宮司の小野崇之氏。「カクテルを御奉納することは、宇佐神宮始まって以来のこと。歴史に残る機会となりました」と話す。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132133_691fe8cd88309" alt=""></p><figcaption>御奉納の儀の後には、総務大臣表彰など、数々の賞を受賞する「DRUM TAO」の演目を「能楽殿」にて鑑賞。和太鼓を中心とした日本文化漂うパフォーマンスは、世界でも高く評価され、その活動スタイルには、iichiko彩天とも親和性を感じる。背景に描かれた佐藤高越画伯の「松樹の図」も圧巻。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132133_691fe8cdf2e81" alt=""></p><figcaption>最後は、御奉納された「白麹麗人（ホワイト麹レディ）」、「神麹」、「天空の麹」を参列者一同で杯を交わし、それに合わせた料理も用意。宇佐イノシシ、宇佐味一ねぎ、大分米仕上牛、国東のワタリガニなど、地元食材を使用した品々が会場を彩る。手がけたのは、大分県竹田市出身の「トモ・クローバー」の大久保智尚氏。</figcaption></figure>
<h4><span>三和酒類</span>運命の連鎖。カクテル御奉納の意義。</h4><p>今回、ひとつの疑問が生まれました。なぜ、「iichiko彩天」の御奉納だけではなく、カクテルの御奉納だったのか。これには、世界をキーワードにした「iichiko彩天」ならでは理由が潜んでいました。<br />
<br />
実は、「三和酒類」が世界を目指し始めたのは、平成25年(2013年)。今回が初めてではありませんでした。しかし、良い結果を得ることができず、徹底的に市場調査。まず、米国を中心に浮き彫りになったことは、食文化の違いでした。<br />
<br />
例えば日本の場合、飲食店において、食事と焼酎などの蒸留酒を楽しむことは一般的ですが、米国の場合、食事と合わせることはほぼなく、大きくスピリッツという市場展開はバー。加えて、日本の國酒でもある本格焼酎の認知度も低い。レストラン市場からバー市場へシフトする必要がある仮説を立てたのです。<br />
<br />
そこから、バーテンダーや関係者にヒアリングを重ねます。「<span style="background-color:white">パシフィック・カクテル・ヘブン」の</span>ケビン・ディードリッチ氏やバーコンサルタントのジャクウォス・ベズイデンハウト氏などは、そのメンバーの一員。バー業界のトップランナーたちと協議し、「iichiko彩天」の骨格を形成していきました。<br />
<br />
そこで、まずひとつ、大きな舵を切ります。アルコール度数です。一般的な焼酎の場合、度数は、20度〜25度が主流ですが、カクテルとして使用するのであれば、他の素材に負けてしまう。つまり、ウォッカ、ジン、テキーラ、ラムといった世界の蒸留酒と肩を並べる必要があったのです。「iichiko彩天」の度数は、43度。これは戦うための決断ではなく、勝つための決断ではないでしょうか。<br />
<br />
しかし、ただ度数を上げれば良いわけではありません。日本の酒税法上、45度を超えると焼酎でなくなってしまいます。あえて、この度数に設定したのは、冒頭における、「日本伝統の麹のうまみを最大限に表現した本格焼酎」に対する、並並ならぬ想いも感じられます。あくまでも、焼酎として世界と勝負することに、「三和酒類」の意義があるのです。<br />
<br />
「iichiko彩天」は米国市場での発売以降、ニューヨークやサンフランシスコ、ロサンゼルスなどで活躍するバーテンダーから支持されるだけなく、BARのアカデミー賞と称される「Tales of the cocktail（2020年）」では、アジアの伝統的蒸留酒として初となるトップ10入りを果たします。そして、世界三大スピリッツコンペティション、英国「インターナショナル・ワイン＆スピリッツ・コンペティション(IWSC)（2022年）」ではトロフィー受賞、「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ（2025年）」ではダブルゴールド受賞。そして、世界最大の蒸留酒品評会、米国の「サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション(SFWSC)（2025年）」では、3年連続で最高金賞を獲得した銘柄のみ贈られるプラチナ賞も受賞。ようやく世界への扉を開いたのです。同時に、多くの専門家たちからも絶賛の声も寄せられました。<br />
<br />
「アルコール自体が造り手の意図を反映している ※一部抜粋」ジョージ・ハリソン氏(ライター・IWSCスピリッツ審査会委員)<br />
<br />
「iichiko彩天はアメリカ人にも好まれる。常にトップ3に入る人気メニュー ※一部抜粋」キャメロン・ウィンケルマン氏(Manhatta ヘッドバーテンダー)<br />
<br />
「麹由来の旨味やアロマなどが生む複雑なレイヤーの豊かさは、カクテル作りに新たな風を起こすだろう ※一部抜粋」アダム・バーシック氏(シャングリ・ラ ホテル シンガポールOrigin Barバーテンダー)<br />
<br />
日本展開より一足早く、世界に羽ばたいた「iichiko彩天」は、いわば、カクテル用焼酎スピリッツ。カクテル御奉納に結実した背景には、このような物語があったのです。そして、今回を皮切りに、さらなる高みを目指します。<br />
<br />
「世界四大スピリッツと並ぶ焼酎の場を作りたい。そして、iichiko 彩天と共に、大分県宇佐市の文化を含め、世界に広めていきたい。それを、今日、この場からスタートさせることを誓います」と、御奉納を終えた「三和酒類」代表取締役社長の西 和紀氏は話します。<br />
<br />
「宇佐神宮」にて行われた「いいちこ」の命名披露から約47年後、「宇佐神宮」御鎮座1300年の節目に行われた「iichiko彩天」カクテル御奉納の儀。まるで導かれるように重なり合った運命の連鎖。<br />
<br />
天＝世界に新たな彩りを加える本格焼酎。「iichiko彩天」の名にはそんな想いが込められています。<br />
狼煙は上がった。本格的に天を彩るのはこれからだ。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132134_691fe8ce6c782" alt=""></p><figcaption>美しいボトルデザインは、和服姿の日本女性をイメージ。世界のスピリッツとバックバー並んだ景色においても、日本の美が際立つ。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4468_20251121132134_691fe8ced4f11" alt=""></p><figcaption>「iichiko彩天を通して、焼酎の文化に、これまでの割る(&divide;)文化だけでなく、掛ける(&times;)文化という新たな価値の創造に挑戦していきます」と「三和酒類」代表取締役社長の西 和紀氏。</figcaption></figure>
<div class="movie"><iframe width="100%" src="https://www.youtube.com/embed/lIs4beJJetw?si=vr9_TFR7y3hwmfpi" frameborder="0" allow="autoplay; encrypted-media" webkitallowfullscreen mozallowfullscreen allowfullscreen></iframe></div>
<p>Text：YUICHI KURAMOCHI</p>

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<title>過去を読み解くデザイン。</title>
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<pubDate>Wed, 22 Oct 2025 15:09:00 +0900</pubDate>
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<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4465_20251022151704_68f876e0965e1.thumb" alt=""></p>
<p>「30年ほど前、旅先で休憩を取ろうと車を停めた場所に、役目を終えた大量の番線があり、少しそれを眺めていました。よく見ると、中には面白い形に曲がっているものもあり、なぜかとても美しく見えました」。

「Re Gallery SCEARN」における第一回目の展示は、「ギュメレイアウトスタジオ」主宰のデザイナー・猿山修氏による作品。数多く作風がある中、今回は、自在鉤（じざいかぎ）に特化した稀有なキュレー...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4465" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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<![CDATA[
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4465_20251022151704_68f876e0965e1" alt=""></p><figcaption>デザイナー・猿山修氏の代表作ともいえる「自在鉤」。今回は、合計6種の自在鉤を中心に展示を行う。</figcaption></figure>
<h4><span>Re Gallery SCEARN</span>人の命よりも、はるかに長く生き続けるものであるために。</h4><p>「30年ほど前、旅先で休憩を取ろうと車を停めた場所に、役目を終えた大量の番線があり、少しそれを眺めていました。よく見ると、中には面白い形に曲がっているものもあり、なぜかとても美しく見えました」。<br />
<br />
「Re Gallery SCEARN」における第一回目の展示は、「ギュメレイアウトスタジオ」主宰のデザイナー・猿山修氏による作品。数多く作風がある中、今回は、自在鉤（じざいかぎ）に特化した稀有なキュレーションを行います。そして、その「自在鉤の原点とは何か」という問いに対する答えが冒頭になります。<br />
<br />
番線とは、なまし鉄線などとも呼ばれ、主に工事現場の足場材の結束などに使用される鉄線のことを指します。当時の猿山氏は、舞台美術に関わる一方、古物を扱っており、その修復の際には経年変化したものの方が相性も良く、例えば、タンスの取っ手やフックなどを作る材料に活かしました。そして、その番線を使って自在鉤を作ったのが始まりです。<br />
<br />
「自在鉤は、昔からある道具で、様々なものを吊り下げるために使用されていました。その多くは囲炉裏に鍋ややかん、鉄瓶などを吊るし、上下させることで火加減を調整することを目的としたものでした。天井高のある古民家で吊るすため、長いものは3m近くあるものもあり、素材は、竹や木、縄を編んだものなど、耐久性に優れたものが多くありました。中には、オイルランプ用に作られたものがあり、囲炉裏で使うものに比べ細く繊細。暮らしに浸透していた時期が短いせいか、数が少なく、今では骨董屋でもすっかり見なくなりましたが、その佇まいに惹かれました」。<br />
<br />
舞台美術を手がける傍、プロダクトデザインの仕事に携わるようになり、のちにそれが逆転。<br />
<br />
今回、展示される自在鉤は、その原型を再解釈し、吊るすものも様々に展開。当時のような灯火はもちろん、香炉や花入れなど、暮らしに必要な道具という視点から、暮らしを豊かにする視点もあわせ持つ。しかし、そこに猿山氏の個性の押し売りはなく、あくまでも匿名性の高いデザインに徹するということは、特筆すべき点でもあります。<br />
<br />
「最初から、参考にすべきは同時代のものではないと感じることが多くありました」。最初とは、「ギュメレイアウトスタジオ」設立時のこと。当時は、古陶磁などを扱う「さる山」も運営しており、一貫した思想が伺えます。そして、今日に至るまで、それを守りながらデザインに携わっているのです。<br />
<br />
「私は、はるか昔から大事に残されてきたものに惹かれます。例えば、100年前のものであれば、多くの人の手から手へ受け継がれてきたことは容易に想像できます。その事実は偶然ではなく、必ず理由があるはずです。品質、使い勝手、デザイン&hellip;&hellip;。それを読み解き、作品に活かす。そういった表現を心がけています」。<br />
<br />
例えば、当時はどんな暮らしをしていたのか。これはどうしてこんな形をしているのか。工学者であり大学教授でもあったヘンリー・ペトロスキー作の「どうしてフォークは4本なのか？」は、その好例。形だけ模しても意味はなく、理由を理解するからこそ、ものは奥行きを増す。「あまりに不十分な説明が多い世の中、本当の理由が消えてはいけない」と猿山氏は言葉を続けます。<br />
<br />
「自在鉤は、全て国内で生産され、栃木、愛知、大阪、山口など、吊るすものによって適材適所で制作しています。職人たちもまた、骨董や古物にまつわる文化、歴史などに造詣が深く、形あるものに宿る理由を見出すことを信念としています。<br />
<br />
古道具を見たり、触ったり、使ったりしてわかるのは、欠けてしまったけれど、直されて残され続けているものの使い勝手が一番良いということ。だから、壊れても捨てられずに大事にされていたのかもしれません。私にとって、そういったものとの対峙は、もの作りやデザインにおける本質を享受する、学びの時間でもあるのです」。<br />
<br />
言葉こそ発せずとも、そのものは、猿山氏に雄弁に語りかけてくるのかもしれません。<br />
<br />
直して残す。つまり、選ばれ続けなければいけない。しかし、これは猿山氏のような作り手だけの問題ではありません。使い手の道徳も必須。今、存在する価値あるものは、今、そして次に所持する人次第で、後世に残し続けることもできれば、この世から姿を消してしまう可能性も孕んでいるのです。<br />
<br />
「ものの命は人の命よりも長く、生み出される時の環境負荷も大きい。だから、容易にものを生み出すべきではないと考えています」。<br />
<br />
古きものを愛する、猿山氏らしい言葉です。<br />
<br />
猿山氏の屋号でもある「ギュメレイアウトスタジオ」の「ギュメ」とは、フランス語で二重鉤括弧の意味を持ちます。つまり、引用符。数百年、険しい時代を生き抜いてきたものたちが残り続けた理由を読み解き、そこから導き出した解を引用し、再解釈したデザインこそ、猿山氏の作品の核なのかもしれません。その耳馴染みのない屋号にもまた、理由は潜んでいたのです。<br />
<br />
美しいものが正しく生まれ、正しく残り、100年後、時空を超えて、生き続けることを願って。宙に浮く、美しい自在鉤を眺めながら、そんな浪漫に想いを馳せることもまた一興。<br />
<br />
「見届けることは叶いませんが、そんなもの作りをこれからも続けていきたい」。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4465_20251022151700_68f876dc4f9bf" alt=""></p><figcaption>多彩な草花を活けることが楽しめる「自在鉤」。花入のデザインを引き立てるよう、先端のフックが小さいのが特徴。似ているようで繊細に異なるデザインもまた、猿山氏らしい。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4465_20251022151656_68f876d80d9cf" alt=""></p><figcaption>今回、唯一、自在鉤以外で展示する「茶香炉」。徐々に焙煎される芳醇な香りは、心身を整える。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4465_20251022151708_68f876e460b33" alt=""></p><figcaption>もの作りだけでなく、近年は書画も手がける「ギュメレイアウトスタジオ」主宰のデザイナー・猿山修氏。</figcaption></figure>
<p>Text：YUICHI KURAMOCHI<br />
&nbsp;</p>
<p>「Re Gallery SCEARN」<br />
TEL：03-6433-5201<br />
住所：東京都北青山3-13-7 2F<br />
営業時間：11:00〜19:00<br />
定休日：月曜（祝日の場合は営業）<br />
※1Fは、「SCEARN」ウェアを展開<br />
公式HP：<a href="https://scearn.com/">https://scearn.com/</a><br />
<br />
<br />
&nbsp;</p>
<p>［ギャラリーのご案内］<br />
展示内容：宙と香　猿山 修<br />
期間：2025年10月31日(金)より<br />
※10月31日(金)11:00〜14:00 猿山氏在廊予定<br />
<br />
&nbsp;</p>

]]>
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</item>
<item>
<title>日本の美を再解釈。
Re Gallery SCEARN</title>
<link>https://www.onestory-media.jp/post/?id=4464</link>
<guid isPermaLink="true">https://www.onestory-media.jp/post/?id=4464</guid>
<pubDate>Wed, 22 Oct 2025 14:48:00 +0900</pubDate>
<media:thumbnail url="https://www.onestory-media.jp/images_public/4464_20251022145339_68f8716317332.thumb" />
<description>
<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4464_20251022145339_68f8716317332.thumb" alt=""></p>
<p>2025年10月31日(金)、東京・北青山に「Re Gallery SCEARN」が誕生します。

本ギャラリーは、デイリーラグジュアリーブランド「SCEARN」が手がける国内初の旗艦店「SCEARN AOYAMA」2階に併設されるギャラリースペースです。ともに、日本の伝統美をモダンに再解釈、世界から見た日本の魅力、日本が受け継いできた伝統や技術という3つのコンセプトを大切にしています。

ギャラ...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4464" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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</description>
<content:encoded>
<![CDATA[
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4464_20251022231437_68f8e6cd4edc6" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span>Re Gallery SCEARN</span>日本の才能をキュレーション。</h4><p>2025年10月31日(金)、東京・北青山に「Re Gallery SCEARN」が誕生します。<br />
<br />
本ギャラリーは、デイリーラグジュアリーブランド「SCEARN」が手がける国内初の旗艦店「SCEARN AOYAMA」2階に併設されるギャラリースペースです。ともに、<span style="background-color:white">日本の伝統美をモダンに再解釈、世界から見た日本の魅力、日本が受け継いできた伝統や技術という3つのコンセプトを大切にしています。</span><br />
<br />
<span style="background-color:white">ギャラリーでは、衣・食・住をはじめ、多角的に発信するスペースとして、作品の展示や販売はもちろん、</span>体験型としてのコミュニケーションも重視。「SCEARN」のコンセプトの一つである「hear the scent(=聞香)」のエッセンスも取り入れ、各種イベントなども行う予定です。<br />
<br />
一歩足を踏み入れれば、天井の高さによる開放感と全てが漸次的に繋がる心地良さを感じるでしょう。日本庭園が持つ余白の美を体現した真っ白な空間に身を委ねれば、自然と五感が凛と研ぎ澄まされ、自身と向き合う心の対話さえ芽生えるかもしれません。例えるならば、禅の世界ともいうべきか。滞在時間の長さに比例し、心身が浄化されるような感覚は、都会の喧騒とは無縁の世界が形成されています。<br />
<br />
物質的な豊かさではなく、心に感動を与える本質的な豊かさこそ、古来より宿る日本特有の美学。日本の伝統、文化、技術を見直し、普遍の価値を創出してゆきます。</p>
<p>「Re Gallery SCEARN」<br />
TEL：03-6433-5201<br />
住所：東京都北青山3-13-7 2F<br />
営業時間：11:00〜19:00<br />
定休日：月曜（祝日の場合は営業）<br />
※1Fは、「SCEARN」ウェアを展開<br />
公式HP：<a href="https://scearn.com/">https://scearn.com/</a><br />
<br />
<br />
&nbsp;</p>
<p>［ギャラリーのご案内］<br />
展示内容：宙と香　猿山 修<br />
期間：2025年10月31日(金)より<br />
<br />
<span style="background-color:white">古き良き日本の美を再解釈し、独創的なプロダクトを造り上げるギュメレイアウトスタジオ主宰のデザイナー・猿山修氏の作品をキュレーション。今回は、数多くある作品の中でも、猿山氏の代表作ともいえる自在鉤に特化するという、大胆かつ稀有な内容になります。確かな職人技が成された自在鉤からは、心地良い緊張感が漂い、ただ吊るされているだけでも存在感を放ち、香炉、花入、キャンドルなど、吊るすものによって様々な表情を魅せてくれるでしょう。猿山氏の作品との対峙。それは、現代において、何か失ってしまった、大切な日本の美に気づきを与えてくれるに違いありません。</span><br />
※猿山氏のインタビュー(下記)も合わせてお楽しみください。<br />
<br />
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<p>［イベントのご案内］<br />
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香道直心流師範「藤乃香」の高野香聖氏が誘う、香りの世界を体験いただけるイベントを開催いたします。日本古来から受け継がれる「香りを聞く」という所作は、私たちの五感を開き、「今ここ」に心を集中させる感覚を研ぎ澄ませてくれるでしょう。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4464_20251024224949_68fb83fd14558" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<p>和菓子職人「いすゞ」主宰・井口いすゞ氏と愉しむ和菓子作りのイベントを開催いたします。「SCEARN」が表現する2025-26 Autumn／Winter Collectionのテーマ「包む」「捻る」「結ぶ」からインスピレーションを得て、伝統の意匠をアレンジしたオリジナルの和菓子を、月替わりで制作し、ご提供させていただきます。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4464_20251024224943_68fb83f772e59" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<p><br />
※体験内容は、予告なく変更になる場合がございます。予めご了承ください。<br />
詳しくは、店舗または予約サイトにてご確認ください。<br />
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<title>東京からやってきたシェフが、暮らすように過ごした佐賀。やがて見えてくるこの土地の本質。［シェフ・イン・レジデンスSAGA／佐賀県］</title>
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<pubDate>Thu, 24 Jul 2025 17:30:00 +0900</pubDate>
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<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724132139_6881b4d3e1b35.thumb" alt=""></p>
<p>2025年初春。
佐賀県で実施された「シェフ・イン・レジデンスSAGA」。
それはその名の通り、シェフが佐賀県に長期間滞在し、常時とは異なる環境で過ごしながら、佐賀の食材や料理に触れる試み。選ばれた料理人が土地に溶け込み、生産者と語り、食材と向き合う時間です。

第4回となる今回、その役割を担ったのは六本木のモダンインド料理『ニルヴァーナ・ニューヨーク』の引地翔悟シェフ。より良い食材を探し、日本全...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4458" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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<![CDATA[
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724132139_6881b4d3e1b35" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span>Chef in Residence SAGA</span>長期滞在することで見える土地の本質。</h4><p>2025年初春。<br />
佐賀県で実施された「シェフ・イン・レジデンスSAGA」。<br />
それはその名の通り、シェフが佐賀県に長期間滞在し、常時とは異なる環境で過ごしながら、佐賀の食材や料理に触れる試み。選ばれた料理人が土地に溶け込み、生産者と語り、食材と向き合う時間です。<br />
<br />
第4回となる今回、その役割を担ったのは六本木のモダンインド料理『ニルヴァーナ・ニューヨーク』の引地翔悟シェフ。より良い食材を探し、日本全国を飛び回る引地シェフをして、1週間にわたる産地滞在ははじめての経験です。<br />
<br />
「実は佐賀県については、よく知らないんです。時間の許す限り、佐賀を見て回りたい」<br />
<br />
誠実で真摯で向上心に満ちた若きシェフは、そう意気込みを語りました。<br />
<br />
やがて時間の経過とともに変化していくそのまなざし。佐賀で出会った生産者との交流、そしてシェフが感じた「シェフ・イン・レジデンス」の本当の価値とは？</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724132600_6881b5d86dcb2" alt=""></p><figcaption>スパイスで食材の持ち味を引き出すモダンインド料理を軸とする引地シェフ。今回の滞在を通し、新たな視点で佐賀県産食材の魅力を伝える。</figcaption></figure>
<h4><span>Chef in Residence SAGA</span>生産者との深い交流により見えてくる、知られざる物語。</h4><p>「これまでの産地訪問は食材を見て、その説明を受ける、いわば商談に近いような形でした。しかし時間に余裕がある今回は、じっくりと時間をかけて語り合うことができました。それこそ&ldquo;なぜこの仕事をはじめたのか？&rdquo;という生産者の方の人生まで。そこに込められた思いを知り、こだわりを知り、物語を知ることで、食材に対する理解がいっそう深まりました」<br />
<br />
そう話す引地シェフ。<br />
<br />
たとえば『はしま海苔』の橋間勝由さんの漁船に乗せてもらって上陸した&ldquo;牡蠣礁&rdquo;は、有明海の固有種であるスミノエガキが積み重なってできた島。<br />
スミノエガキは、住之江地区に多く生息することから名付けられた天然の牡蠣で、一般に流通するマガキの2倍近いサイズがあり、甘みが強くえぐ味が少ないのが特徴です。<br />
しかし放って置くとどんどん重なり海を侵食していってしまうのだといいます。塩の干満のタイミングをはからないと採ることも難しく、海苔漁師にとってはむしろ「邪魔者」の扱い。船上で生産者から聞くそんなストーリー。<br />
<br />
「これほど素晴らしい牡蠣が、地元では違った目線で受け止められている。試食するだけではわからない食材への理解が、料理のアイデアにもつながります」<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724132753_6881b64948981" alt=""></p><figcaption>天然の牡蠣が積み重なって自然とできあがる牡蠣礁。料理人にとっては宝の山だが、地元の海苔漁師のとっては悩みの種にもなっている。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724132833_6881b6718847b" alt=""></p><figcaption>スミノエガキはこの大きさ。しかし大味ではなく、甘みも十分。加熱しても縮みにくいため、料理にも使いやすいという。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724133003_6881b6cb049c3" alt=""></p><figcaption>海から戻り、意見を交わす橋間さんと引地シェフ。橋間さんは採ったばかりのスミノエガキを蒸して試食させてくれた。</figcaption></figure>
<h4><span>Chef in Residence SAGA</span>景色、料理、出会い。滞在中のすべての時間が宝物。</h4><p>出会いはさらに数多くありました。<br />
<br />
フルーツトマトの甘さだけでなく、ロジカルな思考で水害に強い栽培方法も独自に生み出した『アグリッシュ』の吉田章記さん、唐津焼の伝統的な素材や技法をベースに新たな造形美を探求する気鋭の陶芸家・濱崎快素さん、自然と共存するように当地で最適な方法を模索し、驚くほどおいしいパクチーをつくる『江口農園』の江口竜左さん、引地シェフに「これほど香り豊かな牛肉は初めて」といわしめた長期肥育ホルスタイン・白富牛の吉原龍樹さん、秘めたポテンシャルでシェフの好奇心を刺激した未知の食材・エミューを育てる『きやまファーム』の栄枝さん、地元に根づき、地元の味の根幹を支える『丸秀醤油』の秀島健介さん、そして引地シェフが「あの人は天才」と惚れ込んだお茶の名人『あはひの』の松尾俊一さん。<br />
<br />
さまざまな出会いがあり、じっくり語り合うことで見えてくるそれぞれの物語。その中で、引地シェフのまなざしも、少しずつ変化してきました。<br />
<br />
他者を尊重し、生産者に敬意を払う元来の性格から、これまでは「プロである生産者に自分が何かをいうのはおこがましい」と、食材に注文をつけることは自重していたという引地シェフ。しかし、コミュニケーションを重ね、じっくりと向き合ううちに、その姿勢が変わり始めたのです。<br />
<br />
商業施設やホテルのレストランでは、生牡蠣の使用が禁止されている店も多い。殻を剥き、加熱した上で出荷してもらえれば使いやすい。雪の影響で赤くなってしまい一般販売をしていないパクチーにも「緑のパクチーとは違った味わいがある」と販売を勧めてみる。<br />
<br />
シェフからの生産者への進言。それは根底に生産者への揺るがぬ敬意があり、そして時間をかけて互いに信頼関係を築いたから生まれたもの。<br />
<br />
「熱意ある生産者たちに、こちらも全力でぶつからなければ失礼になる」<br />
<br />
そんな思いが胸の奥から湧いてきたのです。<br />
<br />
さらに長期の滞在は、生産者との交流以外にも収穫をもたらしました。<br />
滞在していたホテル『和多屋別荘』の小原嘉元社長の勧めで体験した、香りを調合する「創香体験」。<br />
<br />
実は引地シェフは大学で心理学を学び、香りがもたらす効果を研究していました。食とも密接な関係がある分野ではありますが、早くから修業をはじめる人も多い料理人の世界にあって、厨房に立つスタートが遅かったことは引地シェフの中である種のコンプレックスのようになっていました。<br />
しかしここで香りと食の融合「フレグランス・ガストロノミー」の可能性に触れたことで、自身の歩んできた道がひとつに結実したように感じられたといいます。<br />
<br />
生産者訪問の合間に食べた現地の食事も、現地を案内してくれた県庁職員をはじめたとした生産者以外の方々との交流も、そして見聞きし肌で感じた佐賀の風景も、すべてが滞在の大きな収穫として、引地シェフの心に刻まれました。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724133425_6881b7d10cd89" alt=""></p><figcaption>白富牛の吉原龍樹さんとともに。食材そのものだけではなく、その向き合い方もまた、引地シェフの大きな刺激となった。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724133500_6881b7f4d52f6" alt=""></p><figcaption>白富牛をその場でステーキに。ミルキーな香りがシェフを驚かせた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724133543_6881b81f7206e" alt=""></p><figcaption>『江口農園』の江口竜左さんは武雄のパクチー栽培の先駆者のひとり。つくりはじめた当初は手探りで、試行錯誤を繰り返したという。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724133621_6881b845b2d94" alt=""></p><figcaption>江口さんのパクチーはみずみずしく、柔らかいのにしっかりと食感もあるという素晴らしい逸品。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724133734_6881b88e6e7b3" alt=""></p><figcaption>独自に考案した方法でトマトを栽培する『アグリッシュ』の吉田章記さんを訪ねた一幕。トマトの味だけではなく、その背景にある物語まで話は広がる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724133833_6881b8c96fd6e" alt=""></p><figcaption>佐賀県は日本を代表する陶磁器の産地。自然と共存するかのような濱崎快素さんのアトリエで存在感のある陶板に一目ぼれした引地シェフ。作家のもとを訪ね、器のインプットをすることも料理のインスピレーションに繋がる。</figcaption></figure>
<h4><span>Chef in Residence SAGA</span>滞在を締めくくるシェフの決断、最後の晩餐。</h4><p>「野菜、魚介、肉、お茶、調味料。すべての食材がハイレベルで揃う。実際に来てみて印象が大きく変わりました」<br />
<br />
そう振り返った引地シェフ。<br />
そして今回、深く佐賀を感じ、生産者と交流した引地シェフには、強い希望がありました。それは滞在の最後に、生産者の方々を招いて自身の料理を振る舞う晩餐を開くこと。<br />
今回佐賀で出会った食材を、その生産者自身に食べてもらう特別なディナー。厨房の横に即席のダイニングをつくり、調理工程を眺め、話をしながら料理が完成する一夜限りのシェフズテーブルです。<br />
<br />
「普段の僕の料理を出すのでは意味がありません。いつもの料理を、今回の食材に置き換えるだけなら失敗はないし、恥をかくこともありません。しかし今回、それでは不誠実だと思ったんです」<br />
<br />
引地シェフは言います。<br />
<br />
「生産者から食材という最後のバトンを受け取った。その食材に対して僕はこう思いました、みんなはどう思いますか？　そうして話し合うことで、みんなで一歩前に進める。そのために、僕は食材から感じたままの料理を作ることにしました」　<br />
<br />
それは誇りをかけて食材と向き合う生産者の熱意が、シェフに移ったような熱量でした。<br />
<br />
佐賀の食材を、シェフの思いのままに表現した晩餐は大きな拍手とともに終了しました。<br />
引地シェフはゲストたちを見送った後、深夜までかけてキッチンを隅々までぴかぴかに磨き上げました。<br />
<br />
「お世話になった場所だから、来たとき以上に綺麗にして帰る。そうして&ldquo;シェフってかっこいい&rdquo;と思ってもらうことも、シェフインレジデンスの意義だと思います」<br />
<br />
そんなシェフの姿勢もまた、佐賀県の生産者たちが心を開いてくれた理由なのかもしれません。<br />
<br />
「料理は、料理人の手だけで完成するものではない」そう引地シェフは話します。<br />
生産者が食材を育て、料理人が受け取り、食べる人がその味を記憶する。すべてのプロセスが繋がり、それがひとつの物語となる。<br />
<br />
そんな事実を改めて示した晩餐と、「シェフ・イン・レジデンスSAGA」。<br />
一週間の滞在がひとりの料理人のまなざしを変え、そしてそのまなざしが食の未来を変えていく。そんな大きな循環が、まさに動き始めたのです。<br />
&nbsp;</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724134255_6881b9cf69a24" alt=""></p><figcaption>佐賀で出合ったすべての食材を使って仕上げたコース。完成度そのものよりも、シェフがその食材に何を感じたのかを正直に込めた料理が並んだ。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724134347_6881ba030314a" alt=""></p><figcaption>スミノエガキはゆっくりと火を入れ、その水を煮詰めたスープで仕立てた豆のカレーを合わせた一品に。豆の甘みと牡蠣の甘みがつながる味わいを目指した。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724134431_6881ba2fbf22a" alt=""></p><figcaption>白富牛の香りをまとわせたビリヤニ。個体差があり、肉主体のレストランでは使い道が限られる白富牛を活かす引地シェフの答え。写真奥は、佐賀のはったい粉で作ったナン。何度も発酵具合を調整しながら仕上げた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724134510_6881ba56af223" alt=""></p><figcaption>黒米で仕立てたキールと松尾さんのほうじ茶でつくったチャイ。チャイは厨房の片隅で常に沸かし続け、ほのかなスパイス香がディナー中に常に漂う演出に。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4458_20250724134612_6881ba9462973" alt=""></p><figcaption>生産者の皆さまを招いてのディナーは、引地シェフたっての希望。滞在の疲れも見せず、フルコースのディナーを仕上げた。</figcaption></figure>

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</item>
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<title>チェアマンとして生きた12年の奇跡。中村孝則のクロニクル</title>
<link>https://www.onestory-media.jp/post/?id=4457</link>
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<pubDate>Mon, 14 Jul 2025 15:00:00 +0900</pubDate>
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<description>
<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4457_20250715150046_6875ee8e151c2.thumb" alt=""></p>
<p>「BEST RESTAURANTS」史上最長レベル、12年もの間、チェアマンを務めた中村孝則氏。その奇跡をたどる前に思う。

中村孝則とは何者なのか。

昨今においては、美食家として認知されていますが、以前より中村氏を知る人であれば、やや違和感を感じたのではないでしょうか。やはり、中村氏といえば、代表とされる領域はファッション。そのほかであれば、旅やシガー。総合的にはラグジュアリーの世界で活動して...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4457" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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</description>
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<![CDATA[
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4457_20250715150046_6875ee8e151c2" alt=""></p><figcaption>長年にわたり、「BEST RESTAURANTS」のチェアマンを務めた中村孝則氏。アイコンとなった着物を初めて着用したのは2016年。以降、ドレスコードにおいても日本文化をアピールしてきた。</figcaption></figure>
<h4><span>BEST RESTAURANTS</span>美食家ではなかった、中村孝則の過去。</h4><p>「BEST RESTAURANTS」史上最長レベル、12年もの間、チェアマンを務めた中村孝則氏。その奇跡をたどる前に思う。<br />
<br />
中村孝則とは何者なのか。<br />
<br />
昨今においては、美食家として認知されていますが、以前より中村氏を知る人であれば、やや違和感を感じたのではないでしょうか。やはり、中村氏といえば、代表とされる領域はファッション。そのほかであれば、旅やシガー。総合的にはラグジュアリーの世界で活動していました。ワインやカクテルなども触れてはきましたが、「食は避けてきた領域」と自身も振り返ります。事実、過去のプロフィールには、食に関する記載は一切ない。<br />
<br />
「当時、メディアといえば、雑誌が主流。書き手であれば、ファッション、車、デザイン、映画、音楽など、ジャンルごとに分断されていました。もちろん、食もそう。媒体においても、それぞれのスタッフを抱え、クレジットを見れば、誰がどこに深く入り込んでいるのかも一目瞭然。そんな時代でした」。<br />
<br />
つまり、ファッションに携わっている人間が急にレストランに携われることはなく、それぞれの専門領域が絶対領域だった時代。中村氏は、いつ食と接点を持つようになったのか。それは、某媒体の連載でした。<br />
<br />
「懐石料理を1年間学んで、読者に伝えてほしいという依頼をいただきました。最初は、お断りさせていただきました。自分は素人なので。そうしたら、素人の視点から学んでほしい企画なので、是非と背中を押され、お引き受けさせていただいたのが、食と接点を持った始まりだったと思います」。<br />
<br />
これは、2006年の出来事。なぜ中村氏だったのか？ その解はわかりませんが、茶道、剣道を嗜んでいた知見も多分にあったのではないかと推測。この連載では、ごはんを炊く、味噌汁を作る、出汁を引く、はたまた包丁の使い方などを、料理人より指南いただくというもの。まさに、道を極める道の世界。そして、1年後、新たな依頼が舞い込みます。<br />
<br />
「今度は、様々なレストランでスペシャリテを学ぶ連載の依頼をいただきました。結果、100店くらいは訪れたかもしれません」。<br />
<br />
この話までであれば美談。食に携わっていなかった中村氏にとって、各店からは無下にされることも少なくなく、「お前に何がわかるんだ。直接的な言葉はなくとも、そう感じることも多かったです」と話します。<br />
<br />
連載は10年以上続き、それはまるで修業のよう。そんな時、突如、一本の連絡が。「BEST RESTAURANTS」のチェアマン就任依頼です。「BEST RESTAURANTS」は2002年に創設された、ロンドン発祥のレストランランキング。<br />
<br />
「突然、BEST RESTAURANTSの本部からメールが届きました。THE WORLD&rsquo;S 50 BEST RESTAURANTS (以下、THE WORLD&rsquo;S 50)に加え、2013年にASIA&rsquo;S 50 BEST RESTAURANTS(以下、ASIA&rsquo;S 50)が立ち上がったタイミングでした」。<br />
<br />
実は、中村氏の前に、もうひとり、チェアマンを務めた人物がいます。レストランジャーナリスト、犬養裕美子さんです。2007年より2013年まで務め、周知の通り、2014年以降は、中村氏が担ってきました。<br />
<br />
犬養さんにおいては、現在、注視される地方に既に目を向け、地方素材の普及に努める料理人を選定する農林水産省料理人顕彰制度審査委員としても活動するなど、食に携わる第一人者でした。おそらく、日本で初めてレストランジャーナリストを公言した人物ではないでしょうか。そして、何を隠そう、中村氏と親交が深かった数少ない、食の専門家でした。<br />
<br />
「自分が初めてBEST RESTAURANTSに関わったのは、2013年にゲストとして参加した時です。当時より、賛否両論の多いアワードだということは、理解していましたが、チェアマン就任後、まさかここまでとは&hellip;&hellip;と思うようなことの連続でした」。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4457_20250714135253_68748d2564250" alt=""></p><figcaption>中村氏が初めて携わった2014年「ASIA&rsquo;S 50」のカタログ。当時は、現在のような華やかなイベントではなく、雑誌の企画だったことに歴史を覚える。</figcaption></figure>
<h4><span>BEST RESTAURANTS</span>公正を欠く賞。最大のデタラメ。</h4><p>これは、日本のメディアにおいて、中村氏が「BEST RESTAURANTS」の取材に応じた時に掲載された言葉です。<br />
<br />
声の主は、フランス料理の巨匠、故・ジョエル・ロブション氏。そのほか、レストラン評論家、フランソワ・シモン氏は、世界規模のレストラン比較は不可能。直ちにやめるか、変わるべきと批判していました。<br />
<br />
「その批判は、今も消えたわけではないと思っています。しかし、長年携わることによって見えてきたもの。それは、ナンセンスから生まれる価値もあるということです」。<br />
<br />
当時、「BEST RESTAURANTS」の主催者でもある「RESTAURANT MAGAZINE」編集長、ウィリアム・ドゥリュー氏もまた、このナンセンスという言葉を起用し、「BEST RESTAURANTS」を肯定。「多種のジャンルを同じ土俵で論じることはできない」と言うシモン氏に対し、「その考えがナンセンス。食の発展に貢献できるはず」と反論。そして、ドリュー氏は中村氏とも共通項があり、ファッション誌「ARENA」出身。余所者への強い風当たりは世界共通なのか！？<br />
<br />
「BEST RESTAURANTSは、RESTAURANT MAGAZINEの企画からスタートしました。それが本ではなく、アワードになり、イベントになり。開催当初は小ぢんまりとした地味なものでしたが、それが徐々に変化し、進化し、現在のようにエンターテインメント性も高くなりました」。<br />
<br />
なぜそこまで一大行事に成長できたのでしょうか。それは、ビジネスモデルとしても成長できたからといっても過言ではありません。<a href="https://www.theworlds50best.com/about-50-best.html"><u>オフィシャルHP</u></a>&nbsp;を覗けば、OUR PARTNERSに連なる企業の多さにも驚く。一大行事は一大ビジネスとなり、出る杭は打たれる。因果関係があるかは分からずとも、某メーカーの非買運動や類似アワードもローンチするような現象も。様々な角度から、「BEST RESTAURANTS」は、注目を集めていきました。<br />
<br />
そんな「BEST RESTAURANTS」に中村氏が初めてチェアマンとして携わったのは、2014年に発足された「ASIA&rsquo;S 50」の時でした。<br />
<br />
「厳密には、2013年にASIA&rsquo;S 50は発足していますが、既存集計をアジア向けに抜粋したもののため、本格的な発足は2014年。2013年は、NARISAWAが1位を獲得。2位は、日本料理 龍吟でした。ですが、2014年の1位は、Nahm(タイ・バンコク)。2位がNARISAWA。日本料理 龍吟は5位でした」。<br />
<br />
そのほかでは、15位「石川」、22位「Quintessence」、25位「L&rsquo;Effervescence」、34位「TAKAZAWA」(現・TAKAZAWA PRIVATE RESERVE NISEKO)、38位「すきやばし次郎」、41位「さわ田」、42位「HAJIME」、43位「鮨 さいとう」が名を連ね、現在のランキングとも変化を感じます。<br />
<br />
「変化があるのは当然のこと。それがBEST RESTAURANTSの特性でもあります。理由は、ジャーナリスト、シェフ、フーディの3部門から構成される審査員は、毎年25％入れ替わるため、その個性に左右されることも多分にあります。そして、料理のテクニックだけでなく、BEST RESTAURANTSでは、ジョイフルも大切な要素とされています」。<br />
<br />
だからこそ、批判され、だからこそ、面白い。これこそがナンセンス。(審査の仕組みも含め、過去にレポートした2022年「ASIA&rsquo;S 50」の<a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4152"><u>記事</u></a>も合わせてご覧ください)<br />
<br />
当時、中村氏においては、この結果に対する批判が集中。その内容は様々ありましたが、主には、「NARISAWA」の降格。「ASIA&rsquo;S 50であれば、日本が1位ではないのはおかしいだろ！」など、厳しい声が寄せられました。しかし、その状況から中村氏を救ったのは、成澤由浩氏でした。冒頭、レストランのスペシャリテを学ぶ連載において、実は「NARISAWA」にも訪れていた中村氏。多くのレストランで辛酸を舐めてきましたが、そんな中、暖かく迎えてくれた数少ないシェフが成澤氏だったのです。<br />
<br />
「成澤さんには、レストランのことを色々教わりました。中でも一番思い出に残っていることは、2011年、パリのメゾン・エ・オブジェに参加させてもらったことです。成澤さんは料理を、自分は茶事を実演し、日本の食文化をプレゼンテーションするという企画でした。滞在中は、名だたるレストランも案内いただき、本場の味に感動したことは、今でも鮮明に覚えています」。<br />
<br />
旧知の仲だからこそ、厳しくも優しい存在。「NARISAWA」は、2009年より、実に16年連続受賞。<br />
<br />
「そんなレストランは見たことがありません。日本の誇りです」。<br />
<br />
結果論にはなりますが、ある意味、1位を獲得するよりも偉業を成しているのが「NARISAWA」なのかもしれません。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4457_20250714135253_68748d25ab95b" alt=""></p><figcaption>「THE WORLD&rsquo;S 50」と「ASIA&rsquo;S 50」の双方において、常にランクインしている「NARISAWA」。※写真は、2022年「THE WORLD&rsquo;S 50」</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4457_20250714135253_68748d25ebbe1" alt=""></p><figcaption>中村氏のSNSにも必ず登場する成澤氏とのツーショット写真。ふたりの関係を知れば、毎回の投稿に感慨を覚える。※写真は、2016年「ASIA&rsquo;S 50」</figcaption></figure>
<h4><span>BEST RESTAURANTS</span>無名だったレストランのランクイン。そして、1位奪還。</h4><p>これまでの通り、中村氏は、多くの苦労を重ねてきた時代が長く、華やかな「BEST RESTAURANTS」の舞台とは裏腹に、その道は実に険しいものでした。振り返れば、シェフとの信頼関係が強固になったのは、ここ数年なのかもしれません。<br />
<br />
そんな中村氏がチェアマン任期中、特に印象に残っている出来事がふたつあると言います。まずひとつは、「La Maison de la Nature Goh」(以下、Goh)の芽吹き。<br />
<br />
「Gohがランクインしたのは、2016年のASIA&rsquo;S 50の時でした。会場に集まるシェフや自分も含め、誰も知らないレストランがランクインしていることを知りました。一体誰なんだ！？と現場は騒然としましたが、これこそがBEST RESTAURANTSの真髄。発掘も大きなテーマになっているからです」。<br />
<br />
当時、31位を獲得した「Goh」は、今では「ASIA&rsquo;S 50」の常連。不動の人気を博しており、現在においては、同じく「BEST RESTAURANTS」の常連、「Gaggan」とともに、「GohGan」としても活動しています。<br />
<br />
そしてもうひとつ。「傳」です。<br />
<br />
「ASIA&rsquo;S 50では、2013年のNARISAWA以降、ずっと1位を獲得することができませんでした。これは、チェアマンとして、重く受け止めておりました。ですが、2022年、遂に傳が奪還してくれました。悲願を達成でき、本当に嬉しかったです」。<br />
<br />
「傳」においては、「Goh」同様、2016年に初ランクインし、当時は37位。<br />
<br />
ここで素朴な疑問が生まれます。日本チームすら知らなかった「Goh」は誰が投票したのか？ それは、海外からの票。噂によれば、当時、「傳」においても、同一人物からの支持があったと聞く。<br />
<br />
「この現象もまた、BEST RESTAURANTSならでは」。<br />
<br />
また、「傳」長谷川在佑氏においては、「中村さんがチェアマンのうちに1位を獲らせてあげたかった」という言葉を残しています。<br />
<br />
食の素人だった中村孝則は、もういない。名実ともに、食の専門家となり、食は専門領域。美食家を名乗ることに対し、異論を述べる人はいなくなりました。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4457_20250714135254_68748d2636db2" alt=""></p><figcaption>初めて「Goh」と「傳」がランクインした2016年「ASIA&rsquo;S 50」は、タイ・バンコクにて開催。振り返れば、日本にとってはエポック的な年となった。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4457_20250714135254_68748d267977f" alt=""></p><figcaption>2020年「ASIA&rsquo;S 50」では、新型コロナウイルス感染拡大を受け、急遽、オンラインストリームによるバーチャルイベントとして開催。「傳」は3位。1位は「オデット」(シンガポール)だった。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4457_20250714135254_68748d26b2cb1" alt=""></p><figcaption>2022年も、尚続く、コロナ禍。バンコク、マカオ、東京の3都市にて同時中継された「ASIA&rsquo;S 50」。会場を熱狂させた最大のトピックは、日本にアジアNo.1の座をもたらした「傳」。</figcaption></figure>
<h4><span>BEST RESTAURANTS</span>時代と生きた「BEST RESTAURANTS」の痕跡。</h4><p>「BEST RESTAURANTS」を語る上で欠かせない存在、それはフーディではないでしょうか。しかし、その言葉が市民権を得たのはいつからか。記憶を手繰り寄せると、2014年に公開された映画「Foodies」(邦題：99分,世界美味めぐり)の影響は大きかったのではと考えます。<br />
<br />
その内容は、5人の美食家が世界中のレストランを目的に旅をするというものであり、巡ったレストランは全29店舗。日本においても、「鮨さいとう」、「都寿司」、「傳」、「菊乃井」が登場します。本編によると、当時、世界に109軒ある三ツ星レストランを制覇したフーディも。「Maaemo」(オスロ)においては、「新世代のジャーナリスト」とも語っています。<br />
<br />
この映画には、なぜ中村氏にチェアマンの依頼が来たのかというヒントが潜んでいると考えます。そのキーワードは、世界。<br />
<br />
「今思えば、当時の食の専門家の方々は、日本の食の専門家だったのだと思います。景気が良い時もあったため、海外取材も果敢でしたが、食に特化した海外企画はありませんでした。風景、ホテル、アート、各ショップなど、観光全般のものがほとんどのため、レストランにおいても、特集の中のひとつ。ゆえに、必ずしも、食の専門家がそのスタッフの一員になれたわけではありません。むしろ、各ジャンルをスタイルとしてまとめられる人が重宝されていました」。<br />
<br />
中村氏においては、重宝される類。加えて、様々な国の大使館より親善大使も任命されていたため、世界との接点が多かったのです。「BEST RESTAURANTS」は、日本のベストレストランではありません。世界のベストレストランゆえ、海外の知見は必須。<br />
<br />
そして、時代という文脈に沿って、フーディに話を戻せば、その存在に追い風を与えたのはSNSの普及ではないでしょうか。テレビ、新聞、雑誌、ラジオなど、マスメディアが情報を支配していた時代は過ぎ去り、視聴者や読者ではなく、フォロワーを対象に個が発信力と影響力を持つ時代は一気に加速。<br />
<br />
そしてもうひとつ。不景気です。近年においては、コロナ禍も手伝い、高所得者と低所得者をより二極化させました。では、それがレストランとどんな関係があるのか。<br />
<br />
「世界においては先んじて生じていたことですが、例えばスペイン。美食の町として世界中から愛されていますが、スペイン人が皆、レストランを楽しめるわけではありません。ことさらグランメゾンにおいては顕著に現れ、2011年、惜しまれつつ閉店してしまった「エル・ブジ」に訪れることができた生活者はごくわずかだったでしょう。だからこそ、世界のゲストをターゲットに置くのです」。<br />
<br />
これは、レストランという文化を守る術でもあり、世界中からゲストが訪れなければ、名店がこの世から消える。そんな危惧も孕んでいます。<br />
<br />
世界から一足遅く、日本にもその現象は訪れ、中村氏がチェアマンを務めた12年の間に、日本のレストランも日本人ゲストだけだった時代から、見渡せば半分以上は外国人ゲストという景色も当たり前に。<br />
<br />
その結果、次に生まれた現象が、予約困難。「BEST RESTAURANTS」においては、投票したくとも、レストランに行けないからできないという現象も生まれたのではと推測します。<br />
<br />
そして、フーディも二極化され、そんな予約困難店のプラチナチケットに重きを置く人間もいれば、レストランに寄与するために活動する人間も。<br />
<br />
まさに激動の12年。時に波乱を巻き起こしてきた「BEST RESTAURANTS」の視点から読み解くと、その急成長が物語る通り、全てが味方してくれたのかもしれません。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4457_20250714135254_68748d26e6c58" alt=""></p><figcaption>中村氏がチェアマンを務めた最後の「BEST RESTAURANTS」は、2025年「THE WORLD&rsquo;S 50」。1位は「Maido」(ペルー・リマ)が獲得し、日本勢の最高位は、7位の「SEZANNE」。次ぐ21位は「NARISAWA」。</figcaption></figure>
<h4><span>BEST RESTAURANTS</span>「BEST RESTAURANTS」への期待。そして、次なるチェアマンは誰か。</h4><p>中村氏が任期中、「BEST RESTAURANTS」が進化した点もありましたが、改善できなかった点や叶わなかった夢も。進化した点は、やはり規模の拡大。改善できなかった点は、いくつかありますが、その一部について話します。<br />
<br />
「BEST RESTAURANTSの仕組みには、いくつか乗り越えたい課題もあります。それは、マネタイズ。例えば、チェアマンやシェフ、関係者が会場に足を運ぶ渡航費や宿泊費は、基本的に自費になります。国や地域によっては、支援くださるところもございますが、開催地によって様々。もっと人を呼びたい気持ちはありますが、心苦しく思っております」。<br />
<br />
映画「Foodies」よろしく、当時、稀有だったレストランを目的に旅をするスタイルは、現代において幅広く浸透。ガストロノミーツーリズムという言葉の誕生は、その好例ではないでしょうか。つまり、旅と食は、消費動向と直結しており、2024年の訪日外国人旅行消費額は、8兆1,257億円(国土交通省 観光庁の調査結果より)。そのうち、飲食費は21.5%を占める。ゆえに、国内のレストラン需要が伸びれば、この消費額は、さらに伸びる可能性を秘めているのです。<br />
<br />
中村氏が話してくれた、支援している国や地域は、この可能性を理解しているから。そして、叶わなかった夢は、日本開催。<br />
<br />
「これはいつか実現してほしいです。しかし、成立させるには、レストランや食に関係する業界に限らず、国、行政、県、地域、そして、民間企業など、多くの方々のご支援も必要とされます。一筋縄にはいかないとは思いますが、いつかそんな日を迎えられることを願っています」。<br />
<br />
12年という年月をゆっくりと振り返る中村氏。その全てを語り尽くすことはできませんが、やはり気になることは、次のチェアマンについて。しかし、チェアマンは、本部が独断で決めるため、その時を迎えるまで分かりません。では、チェアマンにはどんな能力が必要とされるのか。<br />
<br />
「ひとつは、コミュニケーション能力ではないでしょうか。日本のレストランを一丸とさせることはもちろん、各国のチェアマンとの交流も大切な任務。そして、現実的には自己資金力も必要です。BEST RESTAURANTSは、日本のレストランだけを対象にしていないため、世界中のレストランを体験しなければいけません。食費、渡航費、宿泊費は、想像を超えることもあるため、その覚悟を持たなければいけません。それ以外ですと&hellip;&hellip;、強靭な体力と胃袋ですかね(笑)」。<br />
<br />
2026年の「BEST RESTAURANTS」には、トレードマークでもある着物姿の中村孝則はもういない。<br />
<br />
冒頭に戻りたい。中村孝則とは何者なのか。<br />
<br />
12年の奇跡から浮かび上がった正体は、複雑なものではありませんでした。中村孝則は美食家である前に、努力家だったのです。<br />
<br />
そして、言わずもがな、中村氏が日本のレストラン界にもたらした功績は、計り知れない。</p>
<p><br />
Photographs：BEST RESTAURANTS<br />
Text：YUICHI KURAMOCHI</p>

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<title>美術館に飾られるような“本物”の器で味わう宴。佐賀と宮城のシェフが仕立てた特別なコース。［USEUM SAGA vol.06／佐賀県佐賀市］</title>
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<pubDate>Wed, 25 Jun 2025 17:30:00 +0900</pubDate>
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<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125409_681d7c614f7bd.thumb" alt=""></p>
<p>道具は、使われてこそ真価を発揮する。

たとえそれが世界にふたつとない貴重な器であろうと、美術館に展示するのではなく、実際に料理を盛り付け、味わってみてこそ発揮される美しさがあるもの。そんな思いのもと、素晴らしい器で素晴らしい料理を味わう数日間限定のプレミアムレストランがこの『USEUM SAGA』です。

もちろん、器に負けぬ存在感を持つ料理も大切な要素。2021年の初開催から毎回、佐賀県出身の...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4441" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125409_681d7c614f7bd" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span>USEUM SAGA</span>名シェフの料理と佐賀県自慢の陶磁器が互いを引き立てる。</h4><p>道具は、使われてこそ真価を発揮する。<br />
<br />
たとえそれが世界にふたつとない貴重な器であろうと、美術館に展示するのではなく、実際に料理を盛り付け、味わってみてこそ発揮される美しさがあるもの。そんな思いのもと、素晴らしい器で素晴らしい料理を味わう数日間限定のプレミアムレストランがこの『USEUM SAGA』です。<br />
<br />
もちろん、器に負けぬ存在感を持つ料理も大切な要素。2021年の初開催から毎回、佐賀県出身の気鋭の料理人と、全国各地で名を馳せるトップシェフがタッグを組み、この日のための特別な料理を仕立ててきました。<br />
<br />
第６回目となる今回は、地元シェフは佐賀県で『shokudo欅』を営む寺田功氏、久枝氏の夫妻、ゲストシェフには宮城県仙台市で中国料理『松石』を営む松石翼氏・晶子氏の夫妻が厨房に立ちました。佐賀と仙台、およそ1500kmも離れた土地で生きる二組は、果たしてどのように思いを連ね、どのような料理を完成させたのでしょうか。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125409_681d7c6111fb1" alt=""></p><figcaption>６回目となる『USEUM SAGA』。地元シェフと全国のトップシェフによるコラボで、毎回想像以上の化学反応が生まれる。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125410_681d7c62e0fdb" alt=""></p><figcaption>会場となったのは佐賀県庁にもほど近い『パークテラス』内の『La Pause』。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125408_681d7c60b1265" alt=""></p><figcaption>佐賀市に店を構える『shokudo欅』の寺田功シェフ。松石シェフとSNSでコミュニケーションを取りながら、ひとつのコースをつくりあげた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125409_681d7c6190040" alt=""></p><figcaption>『松石』松石翼氏。偶然にも寺田シェフと同じ調理師学校出身、経歴や経験にも共通項が多く「不思議な縁を感じます」と話した。</figcaption></figure>
<h4><span>USEUM SAGA</span>二人のシェフが織りなす、佐賀と東北食材の宴。</h4><p>コースは松石氏によるスープで幕を開けました。<br />
<br />
器は今右衛門窯、柿右衛門窯という磁器の歴史を築いてきた名門の逸品。佐賀の黒鮑と仙台のフカヒレという両県の食材を取り入れた、松石氏の心意気が伝わるようなオープニングです。<br />
<br />
さらに象徴的だったのは2品目の前菜6種盛り合わせ。寺田氏と松石氏が3種ずつを仕上げ、盛り合わせました。食材のチョイスは、佐賀の寺田氏が東北の食材、宮城の松石氏が佐賀の食材。事前にこうしよう、と打ち合わせたのではなく、偶然この食材になったという二人の料理。それぞれが自身の拠点に誇りを持ちつつ、相手の地元に敬意を払う。そんな思いが交錯した結果の一皿だったのでしょう。2品目にしてすでに、その高い物語性にゲストは引き込まれていきました。<br />
<br />
佐賀県産の牡蠣を両シェフそれぞれの手法で仕上げた料理、互いのスペシャリテをぶつけ合うような一幕、個性の異なる両者の料理で交互に盛り上げるような展開、両女将が眼の前で握る山形県産米と佐賀県産海苔のおにぎり。二組がタッグを組んだ意味、異なるバックグラウンドを持つ二人のシェフが織りなす奥深く、新しい料理のアプローチ、ともに夫婦で店を営む二組が醸す温かく穏やかな雰囲気、そして料理と互いに引き立て合う人間国宝の作、新進気鋭の作家による器、佐賀の名だたる人気窯元の名品。『USEUM SAGA』の舞台で生まれたコラボレーションは、後に語り継がれるような美味となってゲストを驚かせました。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125407_681d7c5f47a01" alt=""></p><figcaption>互いの故郷の食材と料理に敬意を払いながら両シェフ3種ずつ仕立てた前菜6種盛り合わせ。器は井上萬二窯、柿右衛門窯、健太郎窯、古川マアヤの作。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125407_681d7c5f8ef5a" alt=""></p><figcaption>佐賀県産竹崎牡蠣。同じ食材を両シェフそれぞれのアプローチで活かした一皿。器は気鋭の人気作家である徳島あや作。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125407_681d7c5fd3535" alt=""></p><figcaption>寺田氏が手掛けた焼き物は、宮城県産のホッキ貝に、佐賀県産のアスパラガスをあわせた一品。器は中里太郎右衛門陶房。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125408_681d7c602021f" alt=""></p><figcaption>松石氏の蒸し物は、佐賀県産の桜鯛を仙台のセリとともに。器は徳島あや作。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125408_681d7c6066edb" alt=""></p><figcaption>山形県産の金華豚に佐賀県産の黒ニンニクや柑橘を合わせた肉料理。器は人間国宝・十四代今泉今右衛門。</figcaption></figure>
<h4><span>USEUM SAGA</span>二人のシェフの心と、地元佐賀に残したもの。</h4><p>「仙台空港に降り立ったとき、佐賀と似ていると思ったんです。もちろん気候は違いますが、そこに海があり、山があり、平野があり、多様な食材がある。まず感じたのは、そんな地形と食材の親和性でした」<br />
<br />
寺田氏は、そう振り返ります。<br />
<br />
そして寺田氏の仙台訪問から準備期間の数ヶ月。両シェフがまず行ったのは、互いの宝物を自慢しあうような、佐賀と東北の食材の紹介でした。<br />
<br />
ライブ感ある調理を持ち味とする松石氏と、低温調理をはじめとした丁寧な下拵えで料理を組み上げる寺田氏。それぞれ得意は異なりますが、あえて細かい取り決めをするのではなく、食材の理解を深めた後は、持てる技術を出し尽くすような構成に決めました。<br />
<br />
それは「自分の全力を相手が打ち返してくれる」という信頼の証。結果、全10品のコースは、土地の個性、シェフの持ち味が活かされながら、コースとしての統一感も失われないバランスの良い内容となりました。<br />
<br />
「はじめて訪れた佐賀ですが、第二の故郷のような思い。表面だけを見て終わるのではなく、実際に深く関わり、現地の人や器、食材に触れることで初めて違いに気づき、学びが得られると感じました」<br />
<br />
そう話す松石氏。日頃から古伊万里や有田の器も使用していますが、「料理を盛り付けた瞬間に輝くような不思議な体験。レベルが違うと感じました」と改めて器の持つ力にも心を動かされた様子でした。<br />
<br />
地元で迎えた寺田氏も「今回の縁をきっかけに、今後も佐賀や宮城の食材・人とのつながりが広がる可能性を感じています」と手応えを語ります。<br />
<br />
1500kmの距離を食材と器で繋いだ『USEUM SAGA』。遠く離れた二人の交流は、佐賀と宮城の食の未来の大きな一歩となるかもしれません。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125410_681d7c62804fc" alt=""></p><figcaption>提供はランチ1回、ディナー2回の計3回。各回大盛況で幕を下ろした。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125410_681d7c6218d45" alt=""></p><figcaption>蒸し魚に温めた油をかけて仕上げる松石氏。中国料理ならではの臨場感が会場を湧かせた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125409_681d7c61ca87a" alt=""></p><figcaption>寺田氏がゲストの前でホッキ貝を焼き上げる一幕。会場は香ばしい磯の香りに包まれた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125410_681d7c62b029a" alt=""></p><figcaption>寺田久枝氏（手前）、松石晶子氏（奥）の二人が「縁を結ぶ」の意味を込めて握ったおむすび。交流を象徴するような心温まるシーン。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4441_20250509125410_681d7c624c901" alt=""></p><figcaption>終演の挨拶にたった両夫妻。「今回のイベントで殻を破った感覚」（松石氏）、「普段にはないプレッシャーもあったが、新たな刺激となった」（寺田氏）と振り返った。</figcaption></figure>
<p>1976年長崎県長崎市生まれ。高校卒業後、上京し武蔵野調理師専門学校に入学しフランス料理を学ぶ。卒業後、東京ステーションホテルに5年勤務。その後、渡仏しフランス各地をまわりながら研鑽を積む。帰国後、27歳で佐賀県唐津市に『欅』をオープン。2019年、佐賀県佐賀市に移転し『shokudo欅』を開く。</p>
<p>1982年山形県生まれ。高校卒業後、上京し武蔵野調理師専門学校に通う。卒業後は仙台のホテルにて17年間、中華料理の研鑽を積む。2020年から仙台市内の中華料理店の名店で修業し、2022年、仙台に自身の名を冠した『松石』をオープン。</p>
<p><br />
<span style="background-color:white">Photograph</span><span style="background-color:white">：</span><span style="background-color:white">HIDEKI MIZUTA</span></p>

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</item>
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<title>非日常となった美食が、再び日常に寄り添うとき。Destination Restaurants 2025が描く新たな風景[Destination Restaurants 2025/東京都港区]</title>
<link>https://www.onestory-media.jp/post/?id=4456</link>
<guid isPermaLink="true">https://www.onestory-media.jp/post/?id=4456</guid>
<pubDate>Wed, 18 Jun 2025 10:00:00 +0900</pubDate>
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<description>
<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610130206_6847ae3e7f3b7.thumb" alt=""></p>
<p>初夏の東京、麻布台ヒルズの一角に、静かな熱気が満ちていました。

煌びやかな照明に照らされたステージには、選ばれし料理人たちが一堂に会しています。ジャケットに身を包んだその表情には誇りがあふれ、テーブルには各地から集まった食の関係者が静かに見守っている──

この日は「Destination Restaurants 2025」の授賞式。

地方の風土と食文化を讃えるこの舞台は、今年もまた新たな物語...</p>
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</description>
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<![CDATA[
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610130206_6847ae3e7f3b7" alt=""></p><figcaption></figcaption></figure>
<h4><span></span>日常のすぐ隣に生まれる食の旅。</h4><p>初夏の東京、麻布台ヒルズの一角に、静かな熱気が満ちていました。<br />
<br />
煌びやかな照明に照らされたステージには、選ばれし料理人たちが一堂に会しています。ジャケットに身を包んだその表情には誇りがあふれ、テーブルには各地から集まった食の関係者が静かに見守っている──<br />
<br />
この日は「Destination Restaurants 2025」の授賞式。<br />
<br />
地方の風土と食文化を讃えるこの舞台は、今年もまた新たな物語を迎え入れていました。<br />
<br />
2021年、日本でもっとも歴史ある英字新聞『The Japan Times』により生まれたこの賞が掲げる理念は明快です。東京23区と政令指定都市を除く地域を対象に、料理人たちが土地の恵みと真摯に向き合い、文化や風景までをも料理に昇華する営みに光を当てること。それは単なるグルメガイドではなく、美味しさの先に広がる物語であり、地域が紡いできた歴史の蓄積です。<br />
<br />
選考を担うのは、食文化の第一線を走る3名の審査員。世界の料理教育に貢献し続ける食育の旗手・辻調グループ代表の辻芳樹氏、食とライフスタイルを横断する独自の審美眼で知られるビジネスプロデューサー本田直之氏、そして世界の美食を食べ歩く美食家・浜田岳文氏。3名が日本各地に点在する候補店に赴き、その味のみならず地域の空気や歴史・文化まで感じながら厳正に審査します。<br />
<br />
創設当初は「やがて候補が尽きるのでは」と危ぶむ声もあったこの賞。しかし蓋を開けてみれば、むしろ年を重ねるごとに候補は増え続け、審査員たちにうれしい悲鳴をあげさせています。料理人たちの挑戦は、いまや地方の風土に新たな光を当て、埋もれていた食や食文化を次々と掘り起こしているのです。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610130206_6847ae3ebf607" alt=""></p><figcaption>壇上の受賞者たち。写真左から『ファームレストラン クオーレ（北海道白糠町）』漆崎雄哉氏、『オステリア シンチェリータ（山形県南陽市）』原田誠氏、『ノンナ ニェッタ（茨城県つくば市）』川村憲二氏、『レストランKAM（埼玉県川口市）』本岡将氏、『ひまわり食堂2（富山県富山市）』田中穂積氏、『オーベルジュ オーフ（石川県小松市）』糸井章太氏、『くるますし（愛媛県松山市）』高平康司氏、『日本料理 別府 廣門（大分県別府市）』廣門泰三氏、『センティウ（鹿児島県鹿屋市）』内田康彦氏。『田舎の大鵬（京都府綾部市）』渡辺幸樹氏は欠席のため映像でコメントを寄せた。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610130205_6847ae3db1689" alt=""></p><figcaption>審査員である学校法人辻料理学館理事長、辻調グループ代表辻芳樹氏。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610130205_6847ae3df3136" alt=""></p><figcaption>同じく審査員を務めるレバレッジコンサルティング株式会社代表取締役社長・本田直之氏。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610130206_6847ae3e3eb8e" alt=""></p><figcaption>同じく審査員を務める株式会社アクセス・オール・エリア代表取締役・浜田岳文氏。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610130204_6847ae3ccd65d" alt=""></p><figcaption>授賞式では受賞シェフたちの手によるフィンガーフードも提供され、会場を盛り上げた。</figcaption></figure>
<h4><span></span>料理人たちが紡ぐ土地の物語</h4><p>今回、「The Destination Restaurant of the year」に輝いた富山市『ひまわり食堂2』は、その象徴ともいえる存在です。<br />
<br />
田中穂積シェフが作り出す料理は、富山の山々、川、海が育む食材と真摯に向き合いながら生み出されます。旬の野菜、近海の魚、地元料理人たちとのチームワークが、派手ではないもののアイデアが詰まった皿の上で静かに主張をする。そんな料理こそが『ひまわり食堂2』の持ち味です。<br />
<br />
北海道白糠町の『ファームレストラン クオーレ』では、併設のめん羊牧場で育った新鮮な羊を使用し、土から食卓までの循環を体現しています。窓の外は北海道の雄大な自然。ここでは過ごす時間が単なる食体験ではなく、生きた営みの延長として存在しています。あるいは京都府綾部市の『田舎の大鵬』では、鶏を締めるところからゲスト自身が体験するコースで、食と命への向き合い方を考えさせます。<br />
<br />
それぞれの店が内包する、そこだけの物語。そのためだけに足を運ぶ価値を感じさせる唯一無二の名店たちです。<br />
<br />
さらに5回目を迎えるにあたり、少しずつ変化も見えてきました。<br />
<br />
たとえば選出された店の顔ぶれに、地方の奥地だけでなく都市近郊やベッドタウンのレストランの名も散見されること。『ノンナ ニェッタ』（茨城県つくば市）、『レストランKAM』（埼玉県川口市）など、いずれも都市生活と地元の素材をつなぐ舞台となっています。そこにあるのは、気軽に足を伸ばせる距離の中に特別な体験を用意される新たな美食の形。食を起点に、人々の行動半径は確かに広がっています。それは、一度は「食を目的とした旅」という非日常になった食が、再び日常の延長線上に戻ってきたことを示唆しているようです。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610130205_6847ae3d6a68d" alt=""></p><figcaption>壇上で受賞の喜びを語る『ひまわり食堂2』の田中穂積氏。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610130207_6847ae3f7f5b2" alt=""></p><figcaption>『ひまわり食堂2』の料理の一例。田中氏のアイデアやユーモア、食材に対する真摯な思いが皿の上に結実されている。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250616145153_684fb0f9d820c" alt=""></p><figcaption>左上：『茶路めん羊牧場』に併設された『ファームレストラン クオーレ』。飼育から調理まで一貫して行うことで、内臓など新鮮でなければ食べられない部位まで味わえる。<br />
右上：『田舎の大鵬』は1日1組限定。ゲスト自ら鶏を絞めるという鮮烈な体験から始まるコースには「食とは命をいただくこと」というメッセージが込められている。<br />
右下：手打ちパスタをはじめ、チーズや生ハムにいたるまで自家製にこだわる『ノンナ ニェッタ』。つくば市の住宅街で、伝統的なイタリアの味に触れられる。<br />
左下：『レストランKAM』は、店主・本岡将氏が祖父の古民家を利用してオープンしたファーム・レストラン。自家菜園の野菜を、南仏仕込みの技術で調理する。</figcaption></figure>
<h4><span></span>食がつなぐ地域の未来と営み。</h4><p>この『Destination Restaurants』によって光を当てられることで今、地方のレストランは単なる観光資源にとどまらず、地域の文化や経済の再生装置としての役割を強めつつあります。<br />
<br />
消えかけた在来食材の復活、新たな生産者との出会い、そして若き料理人たちの挑戦。土地ごとに次々と新たな物語が紡ぎ出されています。<br />
<br />
愛媛県松山市の『くるますし』は、瀬戸内の豊かな海の恵みと職人の研ぎ澄まされた技が響き合い、大分県別府市の『日本料理 別府 廣門』では、湯の町の静謐な空気感と繊細な和の美意識が一皿に凝縮されます。山形県南陽市、3室だけのオーベルジュ『オステリア シンチェリータ』は食を軸にした宿泊で、より濃厚な地元文化との接触を提供します。石川県小松市の『オーベルジュ オーフ』もまた、加賀の伝統と現代の感性を重ね合わせた一皿で、北陸の新たな美食文化を紡いでいます。さらに鹿児島県鹿屋市の『センティウ』では、南九州の力強い食材がイタリア料理の技法と交わり、ここでしか味わえない表現が生まれています。<br />
<br />
料理とは、単に空腹を満たすものではなく、作り手の哲学と土地の息遣いに触れる行為でもあります。遠くの地へ旅でも、少し足を伸ばした日常でも、日本のどこかには心揺さぶる食の物語が待っているかもしれません。<br />
<br />
その一皿の向こうに広がる物語が、これからの食の未来を照らしてくれるに違いありません。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610131105_6847b059a5339" alt=""></p><figcaption>老舗『くるますし』を現在守るのは、銀座『鮨よしたけ』で江戸前寿司を学んだ2代目。愛媛県産を中心に瀬戸内海や太平洋で揚がる四国の魚介類をおまかせコースで。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610131105_6847b05907112" alt=""></p><figcaption>『日本料理 別府 廣門』の店主・廣門泰三は『柏屋 大阪千里山』で料理の道に入り、蕎麦打ちの名人として名高い高橋邦弘に師事。その後『銀座しのはら』で2番手を務めた経歴の持ち主。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610131106_6847b05a16e6f" alt=""></p><figcaption>3室のみのオーベルジュ温泉旅館『オステリア シンチェリータ』。山形牛をはじめ、土地で育った食材で作る料理で注目を集める。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610131104_6847b058c52c3" alt=""></p><figcaption>廃校になった元小学校舎を利用した全国的にも珍しいフレンチのオーベルジュ『オーベルジュ オーフ』。地元食材と地元酒蔵の酒や糀などを組み合わせた料理が登場する。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610131106_6847b05a4c8b6" alt=""></p><figcaption>鹿児島県南部、大隅半島の中程に位置する鹿屋市のイタリアン『センティウ』。使用食材の9割が大隅半島産という地域密着型の美食を提供。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4456_20250610130207_6847ae3f0c9f8" alt=""></p><figcaption>歴代の「The Destination Restaurant of the year」受賞シェフたちも会場にかけつけた。中心の田中氏を祝うのは左から『L&rsquo;&eacute;vo』谷口英司氏、『Villa Aida』小林寛司氏、『HAGI』萩春朋氏、『ELEZO ESPRIT』佐々木章太氏。</figcaption></figure>
<p><br />
Text：NATSUKI SHIGIHARA</p>

]]>
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<title>壊すによって生まれた節目。真逆を歩む、ふたりの人生。</title>
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<pubDate>Tue, 13 May 2025 15:00:00 +0900</pubDate>
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<![CDATA[
<p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121859_6822ba230f1a9.thumb" alt=""></p>
<p>2025年3月末。あるレストランが、一度、幕を閉じました。「ALTER EGO」です。一度、という表現をした理由は、建物を建て替え、新たにスタートするため。

「ALTER EGO」は、イタリアで活動する「Ristorante TOKUYOSHI」もとい、「BENTOTECA」のオーナーシェフ・徳吉洋二氏が日本で唯一展開するレストラン。「Ristorante TOKUYOSHI」と「BENTOTE...</p>
<p><a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=4438" target="_blank"><b>続きを読む</b></a></p>
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<![CDATA[
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121859_6822ba230f1a9" alt=""></p><figcaption>「ALTER EGO」建て替えにともない、「最初に壊すのは自分たちで」と一撃を打つ、オーナー・徳吉洋二氏と「傳」長谷川在佑氏。</figcaption></figure>
<h4><span>ALTER EGO&times;傳</span>徳吉洋二の挑戦。見届け人は長谷川在佑。</h4><p>2025年3月末。あるレストランが、一度、幕を閉じました。「ALTER EGO」です。一度、という表現をした理由は、建物を建て替え、新たにスタートするため。<br />
<br />
「ALTER EGO」は、イタリアで活動する「Ristorante TOKUYOSHI」もとい、「BENTOTECA」のオーナーシェフ・徳吉洋二氏が日本で唯一展開するレストラン。「Ristorante TOKUYOSHI」と「BENTOTECA」に関しては、後ほど触れるとし、まずはこの業態での「ALTER EGO」営業最終日、別れを惜しむのではなく、次への期待に胸膨らむゲストたちを招きます。<br />
<br />
カウンターの中には、「ALTER EGO」のシェフ・平山秀行氏をはじめ、徳吉氏も来日。そして、「傳」オーナーシェフ・長谷川在佑氏の姿も。なぜなら、ここは、元「傳」。遡ること2019年、「ALTER EGO」は、「傳」から継ぎ、この場をスタートさせたのです。<br />
<br />
「だから、長谷川さんには、この建物の最後を見届けて欲しかった」と徳吉氏。<br />
<br />
現「傳」は、ここから移転した場であり、そこは、元「ル・ゴロワ」だったということを知る人は少なくない。<br />
<br />
「ル・ゴロワは、女将さんとずっと通い続けていた大好きなレストランでした。誕生日や記念日など、たくさんの思い出があります。そんなル・ゴロワが移転しまうと伺い。この場が誰かに渡り、万が一、なくなってしまったら&hellip;&hellip;。であれば、自分が継ぎたい。そう思ったんです」と長谷川氏。<br />
<br />
ゆえに、ドアには、「ル・ゴロワ」の刻印が未だ残されたまま。店名を冠した傳サラダも「ル・ゴロワ」へのオマージュだ。そんな継ぎ方も長谷川氏なりの流儀なのかもしれない。<br />
<br />
「自分以外にもル・ゴロワを愛していたお客様はいらっしゃいます。そんな方々が想いを寄せる足跡を無くしてはいけない」。<br />
<br />
空間においても、当時の面影を残しながら、約9年、同じ時を重ね続けています。<br />
<br />
「ALTER EGO」においても同様の想いで継がれてきましたが、今回は、様々な理由により建て替え。であれば、「ふたりで最初に壊す」というのが、徳吉氏と長谷川氏が再会したもうひとつの理由でした。<br />
<br />
継いでもらう場だけでなく、継ぐ場も経験した長谷川氏。そして、本場イタリアにおいて、日本人で初めて星を獲得した「Ristorante TOKUYOSHI」から「BENTOTECA」への急転向と「ALTER EGO」建て替えという大勝負。その間には、世界中を恐怖に陥れたコロナ禍&hellip;&hellip;。<br />
<br />
過去の点が線になり、壊すによって生まれた節目。それは、奇しくも、ふたりがこれからの人生を考える大きな機会となりました。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121859_6822ba23ebae5" alt=""></p><figcaption><span style="background-color:white">「傳」の挨拶代わりのスナック。味噌漬けにしたフォアグラ、ビネガーでしっかりと締めた鰯、ブラッドオレンジのジャムを忍ばせた最中</span>。<span style="background-color:white">鰯と相性の良いオレンジをジャムにすることで、フォアグラとも調和。イタリアと日本の融合を彷彿とさせる品。</span></figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121900_6822ba242bc26" alt=""></p><figcaption><span style="background-color:white">石鯛 生ハム</span> <span style="background-color:white">お造り。</span>「ALTER EGO」<span style="background-color:white">オープン当初のスペシャリテをアレンジ。当時は鮪中トロを使用していたが、今回は「サスエ前田魚店」より、回遊の石鯛を寝かせ、さっと醤油にくぐらせたものと合わせる。擦りたての18ヶ月熟成の黒豚の生ハムとともに。</span></figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121900_6822ba245befb" alt=""></p><figcaption><span style="background-color:white">フルーツかぶ ズワイガニ。糖度の高いかぶと合わせるパンナコッタは、ズワイガニのほぐし身、鰹節を効かせた酢ゼリー、マリネしたかぶ、ディルオイルなどを合わせたもの。本来はドルチェだが、今回は冷菜として供す。</span></figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121900_6822ba24c1d0a" alt=""></p><figcaption><span style="background-color:white">「傳」のスペシャリテ、傳タッキー。今回の中身は、餅米に自家製ドライトマト、アンチョビ、オレガノ、水牛モッツァレラなど、イタリアンのテイストに。</span></figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121901_6822ba2531361" alt=""></p><figcaption><span style="background-color:white">金目鯛 チーマディラーパ。上記の石鯛同様、金目鯛も「サスエ前田魚店」より。チーマディラーパとは、イタリア野菜のことであり、日本の菜花に似た野菜。それをピューレ状にし、鰹出汁と合わせて擦り流しの仕立てで。鰹出汁で優しく火入れした金目鯛をスープとミントオイルとともに。</span></figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513122759_6822bc3f6cca9" alt=""></p><figcaption><span style="background-color:white">ホワイトアスパラガス ルッコラ。炭火で焼いてから出汁醤油に浸した香川のホワイトアスパラガスのお浸しの上にルッコラを覆う。胡麻風味の白和えや文旦も加え、最後に生ハムを添えて。</span></figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121858_6822ba2249ea6" alt=""></p><figcaption><span style="background-color:white">眠り鹿 ふきのとう。福岡の本州鹿のロースを炭焼きに。そして、鹿のフォン、炭火で炙ったほぐした芽キャベツ、ふきのとう味噌を合わせる。皿の上部には、ピンクレディという品種のりんごを使ったスパイシーなジャムを添える。</span></figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513123140_6822bd1ccf923" alt=""></p><figcaption><span style="background-color:white">土鍋ご飯　オッソブーコ。延岡のサフランで香りをつけた土鍋ご飯に牛骨髄で炒めた筍を加える。オッソブーコとは、ミラノの郷土料理で仔牛のスネ肉の煮込み。地元では、サフランのリゾットと一緒に食べる料理だが、今回は土鍋ご飯でサフランリゾットを表現。</span></figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121858_6822ba228534c" alt=""></p><figcaption><span style="background-color:white">2</span><span style="background-color:white">年熟成からすみ 赤葉玉ねぎ 締めのスパゲッティーニ。徳吉氏が家で作るパスタを今回メニューに採用。サッと炒めた赤葉玉ねぎを使ったアーリオオーリオに仕立て、</span>「ALTER EGO<span style="background-color:white">」で仕込んだ2年熟成からすみをたっぷりと削り、レモンゼスト、パセリを合わせる。</span></figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121858_6822ba22c51a3" alt=""></p><figcaption><span style="background-color:white">苺 桜。甘味には、ナポリの伝統菓子ババを。ブリオッシュ生地に酒粕のシロップをたっぷりと含ませ、埼玉「矢島農園」のあまりんという苺、桜ゼリー、煎茶の香りをつけたミルクジェラート、ホワイトチョコカスタードを合わせる。最後に「新政酒造」の貴醸酒 陽乃鳥をかけていただく。</span></figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513123141_6822bd1d81afb" alt=""></p><figcaption>この日、徳吉氏や「ALTER EGO」のシェフ・平山秀行氏、ソムリエ・松本時宙氏のほか、「傳」からは長谷川氏以外にも女将さんやスタッフもキッチンやサービスに立つ。息のあった両チームは、心地良いグルーヴを店内に生む。</figcaption></figure>
<h4><span>ALTER EGO&times;傳</span>「ファインダイニングの幕引き。勝負に出るなら今しかない」徳吉</h4><p>「Ristorante TOKUYOSHI」は、順風満帆。それを一気に覆したのがコロナ禍のパンデミックでした。イタリアにおいては、死者が3万人を超え、世界第3位。EU加盟国では最多という状況。街はロックダウンし、自体は急速に変化しました。当時、徳吉氏はレストランを改装しばかりとう状況もあり、頭を抱える日々でしが、「医療従事者が本気で戦っている姿を見て、自分は自分にできることで本気になりたい」という意志が芽生えたと、当時を振り返ります。<br />
<br />
そこで、医療従事者へ食事＝弁当を提供する<a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=3656"><u>活動</u></a>を開始。これが、「BENTOTECA」のはじまりです。<br />
<br />
「Ristorante TOKUYOSHI」の徳吉氏は、「料理に対しても、レストランに対しても、エゴが強かった」と語るも、目に見えないウイルスには手も足も出ず。しかし、「BENTOTECA」を通し、レストランの語源でもあるレストレのごとく、食べ手を豊かにする料理、求められる料理の喜びを知ることになりました。<br />
<br />
「その時です。ファインダイニングという存在について、改めて考えるきっかけになったのは。このまま続けることによって、どこを目指すのか。続けることによって、自分は何が残せるのか」。<br />
<br />
当時、徳吉氏は40代半ば。イタリアでは、50歳になるシェフはレジェンド扱いされることも少なくなく、「そのステージへの拒否反応もありました。レジェンドとは、言わば、頂点。崇められる一方、もう成長はないとも捉えられるのが嫌だった」と言います。<br />
<br />
ゆえに、レジェンドは、シェフからブランドになることも多い。その結果、必ずしもキッチンにいない現象が生まれ、店舗を拡大する方向へと舵を取る。<br />
<br />
一方、「そうでない文化が日本」だと、徳吉氏は分析します。<br />
<br />
「日本のレストランは独特の文化だと思います。例えば、カウンターのみの小さい坪数、席数という形態は、イタリアはもちろん、世界でも稀有なスタイルではないでしょうか。だから、料理以外に、人との関係が強い。食べに行くだけでなく、会いに行くという行為が生まれる」。<br />
<br />
ワンオペやご夫婦で営んでいるレストランは、最たるものだと思います。著名レストランにおいても、店舗拡大しているところは極めて少ない。それほどまでに、日本ではレストラン＝シェフという存在が絶対なのかもしれません。<br />
<br />
「傳」においても同様。あの空間は、長谷川在佑という存在があって成立するため、「傳」という名だけが一人歩きすることはないでしょう。<br />
<br />
前出、これまでになかった料理の喜びを知った徳吉氏は、もうひとつ、才能を開花させました。ビジネスです。<br />
<br />
「コロナ禍を経て、一番になる必要はない。頂点に立つ必要もない。そんな考えになりました。勝負に出るなら今しかない。そこで、BENTOTECAに転換する決断をしました」。<br />
<br />
「BENTOTECA」の料理は、基本的に和食。特徴は、イタリアで作られた日本の食材を起用しているところです。シグネチャーメニューは、牛タンのカツサンド。そのほか、牛骨髄と塩辛のブルスケッタ、マグロの赤身、中とろ、そして、鳩や鴨を使用したメイン&hellip;&hellip;。和食と言えど、「Ristorante TOKUYOSHI」の感性は宿ります。ですが、最初から順調だったわけではありません。<br />
<br />
「業態変更してからは、8人しかゲストが来ない日もありました。そこから改善に改善を重ね、今では、Ristorante TOKUYOSHIの売り上げ3倍。ウエイティングリストが600人を超えることもあります」。<br />
<br />
それだけではありません。そのカツサンドを専門にした「<span style="background-color:white">Katsusanderia isola</span><span style="background-color:white">」、「</span><span style="background-color:white">Katsusanderia sidewalk kitchen</span><span style="background-color:white">」</span>もオープン。勢いは止まらず、現在は、「<span style="background-color:white">Pan</span><span style="background-color:white">」、「</span><span style="background-color:white">Piccolo Pan</span><span style="background-color:white">」</span><span style="background-color:white">(</span><span style="background-color:white">3</span><span style="background-color:white">店舗</span><span style="background-color:white">)</span><span style="background-color:white">、「</span><span style="background-color:white">Mogo</span><span style="background-color:white">」</span>と、「BENTOTECA」を含め、ミラノに8店舗展開。独自の手法で店舗拡大を実現させました。<br />
<br />
「思考を切り替え、一気に世界が広がりました。Ristorante TOKUYOSHI の時は、このレストランとイタリア料理のことしか頭にありませんでした。イタリアで日本の食材を使う考えもありませんでしたし、ミラノで和食をやるというイメージもありませんでした。ですが、コロナ禍を経て、自分は日本人として、この場に何が残せるのか。そう考えた時、日本の文化だと思ったんです。ALTER EGOにおいては、その逆を考えており、仔牛、チェダーチーズ、ラディッキオなど、日本で作られたイタリアの食材を起用したいと考えています。改めて、イタリア料理を日本で表現する意義を追求したいと思います」。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250501120257_6812e461c0077" alt=""></p><figcaption>2020年5月。コロナ禍、医療従事者に食事を届ける活動を開始。当時、「<span style="background-color:white">社会貢献が目的ではありませんでした。ただ、本気の人を本気で支援したかった、僕なりの本気で応えたかっただけなんです」という言葉を残している。</span></figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513123142_6822bd1e29c69" alt=""></p><figcaption>全て資金は持ち出しだったが、続けるに連れ、食材を支援してくれる生産者も現れ、輪が広がっていった。当時、<span style="background-color:white">「経営的には苦しいですが、将来のスキルになればそれでいい。時にプライドを捨て、リスクを恐れず新たな挑戦をすることや環境に順応する能力も必要。今の努力は、きっと将来返ってくると信じています」と話していた徳吉氏。その言葉通り、努力は報われ、現代において飛躍的に進化。ビジネスという新たなスキルも身に付けた。</span></figcaption></figure>
<h4><span>ALTER EGO&times;傳</span>「料理に興味を持てなくなったら、未練なく辞める」長谷川</h4><p>長谷川氏は、店舗拡大に取り組む徳吉氏とは、真逆の人生を歩んでいると言えるのではないでしょうか。しかし、「1店舗だけでは限界がある」という実情は、長年の課題であり、その意識は常に持つ。<br />
<br />
「長くやらせていただくと、ありがたいことにお客様が増えていきます。ですが、席数は限られており、何とかしたいとは常に考えています」。<br />
<br />
以前の場で約9年、今の場で約9年。未だ、「傳」は多店舗展開の予定はない。しかし、それを補う手法として生まれたのが、盟友「Florilege」のオーナーシェフ、川手寛康氏と始めた「デンクシフロリ」です。2020年に開業し、現在はバンコクにも展開しています。<br />
<br />
「傳を多店舗展開する考えはありません。ですので、イズムを継いだメンバーによる多店舗展開という手法を自分は選択しました」。<br />
<br />
ゆえに、今後、もし「傳」から巣立つ弟子などが生まれれば、その可能性は、より広がるのかもしれません。<br />
<br />
「BENTOTECA」も然り、「デンクシフロリ」もまた、コロナ禍に<a href="https://www.onestory-media.jp/post/?id=3712"><u>活動</u></a>。ふたりは、「あの時にどんな行動を起こし、どんな決断をしたか。それが今に繋がっている」と話します。<br />
<br />
日本においては、自粛要請の期間が長く、営業するか否かは、レストランに委ねられていました。この二者択一に大きく意見が割れた現象も勃発しましたが、「傳」は営業を選択。「本当にお客様に助けられました」と語り、当時のお客様との関係は今なお続く。<br />
<br />
「あの時、営業する決断をして、本当に良かった」。<br />
<br />
国は違えど、そんな難局を経て、現在も第一線で活躍し続ける長谷川氏もまた、徳吉氏と同世代。現在、40代後半に差し掛かり、人生を振り返ることもしばしば。そして、「シェフをいつまで続けるのか」という難問と向き合うこともあると言います。<br />
<br />
最近においては、2025年2月末。「コートドール」のオーナーシェフ、斉須政雄氏が長い歴史に幕を下ろしました。御年74歳の出来事です。「傳」においても、最後の場をイメージすることはあるのか。<br />
<br />
「正直、今はわかりません。ここに居続けるのか、それとも、また移転するのか。ただ、これに関しては、ご縁だと思っています」。<br />
<br />
一見、計画性のない発言のようにも受け取れますが、過去の場を紐解くと、これが長谷川在佑たる所以かと思わずはいられない事実も。修行時代の「うを徳」は神楽坂、独立し、開業した「傳」は神保町。そして、移転した現在の場は、神宮前。運命のいたずらか。全てにおいて、「神」が付く。(「デンクシフロリ」においても、神宮前)<br />
<br />
「お客様、スタッフ、家族、皆様のおかげで、ここまで来ることができたと感じています。自分の意志も大事ですが、自分の場合、大きな選択の時には誰かに導いていただいたような気がします。自分以外の誰かに身を任せるということは、これからも大事にしたいと思っています」。<br />
<br />
この言葉を伺い、この場＝現「傳」に宿る何かを感じざるを得ない。なぜなら、「ル・ゴロワ」の大塚ご夫妻もまた、当時の常連、脚本家の倉本聰氏によって、導かれるように富良野へ。50代半ばの決断であり、現在、シェフの健一氏は、御年60歳を優に超える。本人の確認は得ていませんが、シェフ人生として、富良野を最後の場に選んだのではないでしょうか。<br />
<br />
そう考えると、長谷川氏に「最後の場をイメージすることはあるのか」と問いたのは時期早々だったかもしれません。しかし、前出の回答の後、ふたつ、明確な答えを述べてくれました。<br />
<br />
「最後の場は、どこになるか分かりませんが、確実に言えることは、東京であるということ。自分も女将さんも東京生まれ、東京育ち。最後も生まれ育った故郷で料理を作り続けていると思います。そして、もうひとつ、引退について。これは、いつか分かりませんが、年齢に関係なく、料理に興味を持てなくなった時は、最後だと思っています。その時は、未練なく辞められると思います」。<br />
<br />
もちろん、そんな日が来ないことを願って。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250501120300_6812e4641b2dc" alt=""></p><figcaption>2020年8月、「デンクシフロリ」開業に向け、工事のチェックに訪れた長谷川氏と川手氏。当時、「<span style="background-color:white">実は、一緒にお店をやれたらいいねという話は、10年以上前からしていて。でも、そのタイミングはいつまでにやるとかそういうことは決めていなくて、自然に身を任せながら良きタイミングが訪れた時にと思っていました」とふたりは話す。身をまかせることやご縁は、長谷川氏にとって一貫していたことが伺える。</span></figcaption></figure>
<h4><span>ALTER EGO&times;傳</span>場が生む、社会との交錯。</h4><p>久々に元「傳」のキッチンで料理をした長谷川氏。<br />
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「ここに立つと色々なことを思い出しますね。頭に浮かぶのは、なぜか苦い思い出ばかりですが(笑)」。<br />
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やはり、この場は、今なお、長谷川氏にとって大事な場。キッチンに立ち、改めて、それを確信したのはないでしょうか。当時を振り返り、「神宮前に移った後も、次に譲ることなく、持て余していた時間もあった」と言います。なぜなら、自身が「ル・ゴロワ」を継いだ理由と同様、この場を無くしてしまいそうな人には継いでほしくなかったから。その時に、徳吉氏が名乗りを上げたのです。<br />
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「徳吉さんならと思い、ぜひ、継いでいただきました。それに、自分もまた還ることができる。今度は、お客さんとして」。<br />
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しかし、ひとつ素朴な疑問が浮かびます。そんな大事な場を、なぜ建て替えてしまうのか。いや、建て替えることができたのか。ここにも、徳吉氏のビジネス思考の選択と決断がありました。<br />
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レストランの多くは賃貸物件。この場もそうでした。しかし、今回、徳吉氏は、持ち主と協議し、物件を購入。だから、建て替えることができたのです。<br />
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「賃貸契約は、大体3〜5年。その多くが更新されるとは思いますが、約束されているわけではありません。多額を投じ、改装しても、更新されない可能性もあります。その不安を無くしたい気持ちは常にありました」。<br />
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購入の決断は、この場に根ざすということも意味します。ゆえに、長い将来を考え、建て替えを行う。<br />
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「場がなくなっても、人はいる。それに、自分にとっての大事な場を、徳吉さんがずっと守ってくれることは、この上なく嬉しい」と長谷川氏。<br />
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そして、新生「ALTER EGO」を皮切りに、徳吉氏の構想はもっと壮大に膨らむ。<br />
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「日本でもっと多店舗展開したいと思っています。それは、ALTER EGOのようなレストランに限らず、例えば、ミラノで展開しているカツサンド専門店かもしれません。お店を作ることによって、人の流れを生んだり、街の風景になったり。それが結果として、文化になったり。そんな活動を日本でしていきたい」。<br />
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良い店作りから、良い街作り、文化作りまで、視野を広げた徳吉氏は、レストランの意義を社会レベルで見定めています。さぁ、勝負はこれからだ。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121900_6822ba24f2604" alt=""></p><figcaption>古巣のキッチンに立つ長谷川氏。見る人が見れば、グリラーに貼られたステッカーも懐かしい。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121859_6822ba23b3d45" alt=""></p><figcaption>長きにわたり、「傳」から継いだ場で活動してきた「ALTER EGO」。「色々な思い出が走馬灯のように頭をめぐる」と徳吉氏。</figcaption></figure>
<h4><span>ALTER EGO&times;傳</span>「自分だけの芯を持つこと」長谷川</h4><p>星、トック、ランキング&hellip;&hellip;。徳吉氏と長谷川氏は、数々の名声を受け、世界から評価されているシェフです。これは、誰もが納得する、紛れもない事実と言って良いでしょう。<br />
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しかし、数や順位は、落ちる時もある。そこに執着せず、自分らしくいるためには、どうすれば良いのか。「それは芯を持つこと」。<br />
<br />
「レストランという見える場がある一方、見えない場に重きを置かれてしまうこともあると感じています。その最たるものが、スマートフォン、ソーシャルネットワークなどではないでしょうか。検索すれば、簡単に調べられるため、誰かと比べてしまう現象が生まれていると感じています。しかし、そこで勝負しても意味がない。本質はそこにない」と長谷川氏。<br />
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他所が星を獲った、あそこは何位だった。例え、耳を塞いでも、目を瞑っても、情報が流入してしまう現代において、知ることによって、無意識に比べてしまうのかもしれません。実体の見えない声は、大きさを増し、その現象は大袈裟ではなく、恐怖や狂気、時に暴力にもなる。これは、メディアにおいても、問題視すべきことだと強く認識します。そして、徳吉氏もまた、言葉を続けます。<br />
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「自分だけの点を持たなければいけない。それは誰も踏み入れることができない絶対領域。それがオリジナリティにつながる」。<br />
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長谷川氏は「芯」、徳吉氏は「点」という表現をしましたが、見解は同様。「それを持つことができれば、何があってもブレずに強くなる」とふたり。<br />
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言わんとしていることは理解できますが、難易度マックス。「これを若いシェフたちにも持って欲しい」と、さらにふたりは言います。<br />
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「最初は、誰かと比べたり、競争したり、勝負したりということも良い経験になるかもしれません。しかし、意志がないと流される。その先にある自分を見つけなければ、長く続けることはできないと思います。例え、レストランを開業できたとしても、そこがゴールではない。料理の技術を磨くことも大事ですが、人間力を磨いてほしい」と長谷川氏。<br />
<br />
長谷川氏もまた、人間力を磨いた経験を持つ。「うを徳」の修行時代です。何が印象に残っていたかと聞くと、「靴並べや掃除、挨拶など」という回答が。「今、振り返ると、うを徳では、料理のことはもちろんですが、人として生きる上で大事なことを育ててもらったような気がします」。<br />
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そして、「うを徳」から独立する際、ある人との出会いもまた、「人生の指針になっている」と言う。故・中村勘三郎氏(当時・中村勘九郎)からいただいた言葉です。<br />
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「おにいちゃんは、ここで修行したんだから、型はできている。自信を持って好きなことをやりな。歌舞伎と一緒。型があるから、型破り。型がないと形無し」。<br />
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型破りの好例は、傳タッキーではないでしょうか。「当時は、日本料理の方々にたくさん批判されました」。周囲に飲まれ、辞めていたら駄作となっていたかもしれませんが、続けることによって、今は名作に。「行動次第で、失敗となるか、経験となるか、意味が違ってくる」。その行動を貫ける源は何か。芯です。<br />
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「食材との向き合い方も然り、ただ仕入れるだけか、収穫まで経験するか。例えば、同じ山菜も命が生まれる山中の場を知るか知らないかで扱い方も変わります」。<br />
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また、「傳」の魚は、多くの名シェフから絶大な信頼を得る前田尚毅氏率いる「サスエ前田魚店」のもの。鮮度にこだわる前田氏は、寝かせる魚を好みませんが、長谷川氏は、敢えて、それを行います。<br />
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「鮮度が良いのはわかりますが、それは地元のお店で食べる方がより美味しい。東京で前田さんの魚を食べる意義を見出したい」。<br />
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それができるのもまた、芯があるから。<br />
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「人生も折り返し地点。自分が教わってきたことを、今度は自分が傳(つた)える番。そんなことにも尽力したいと思っています」。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121900_6822ba248c5bf" alt=""></p><figcaption>リリース当時は、批判もあったと言う傳タッキー。今では「傳」のシグネチャーメニューとなり、秘傳の愛情スパイスは、多くの人を虜にしている。「諦めてしまうから失敗になる。何事も諦めなければ達成できる」と長谷川氏。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121858_6822ba220de86" alt=""></p><figcaption>平山氏の奥で盛り上がる「傳」チーム。「自分が教わってきたことを、今度は自分が傳(つた)える番」と話す長谷川氏が、まず最初に傳える対象となるのはスタッフ。ゲストの名前は必ず覚え、元気良く呼ぶ姿やきめ細やかなサービス、ハキハキとしたスタッフ同士の声がけ&hellip;&hellip;。常に笑顔が絶えない「傳」には、ルールと自由が程よく混在し、独自の心地良さを作り上げる。「うちのスタッフには、他所では見ることができない世界を見せてあげたい」。傳タッキーよろしく、長谷川氏はスタッフにも秘傳の愛情スパイスを注ぐ。</figcaption></figure>
<h4><span>ALTER EGO&times;傳</span>「癌が人生を変えてくれた」徳吉</h4><p>徳吉氏を大きく変えた出来事、それは、これまで綴ってきたよう、コロナ禍における出来事でした。しかし、それが一番ではありません。<br />
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2018年に宣告された、癌です。<br />
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「舌癌だったため、シェフとしても生きられない。そう思いました。その時に思ったんです。もし自分が死んだら、何が残せるのか」。<br />
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この経験が、徳吉氏を大きく変えました。<br />
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舌癌においては、早期発見だったため、舌の一部を切除するにとどまり、味覚にも影響なし。今も無事に料理と向き合うことができています。<br />
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「自分がいなくなった時のことを考え始めたのがきかっけで、レストランを変化しました。コロナ禍だけであれば、カツサンド屋でなく、パスタ屋を展開していたかもしれません」。<br />
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これまでの自分に執着せず、前述、「自分だけの点」を探し出せたのは、癌がきかっけ。変化したのは、レストランでなく、徳吉氏自身だったのです。<br />
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「ALTER EGO」とは、分身という意味を持ちますが、そのほかにも、別人格、もうひとりの自我という意味も持ちます。今の徳吉氏こそ、まさに「ALTER EGO」のよう。<br />
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そして、長谷川氏と同様の質問を徳吉氏にも問いてみました。最後の場をイメージすることはあるのか。<br />
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「イタリアです。ただ、シェフじゃない可能性もありますけどね」。<br />
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さらりと驚愕の発言を出せることもまた、「自分だけの点」があるからこそ。<br />
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徳吉氏と長谷川氏が言う「自分だけの点」と「自分だけの芯」における、「点」と「芯」とは、具体的に何なのか。<br />
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「これを言い当てられたら、もっと成長できるんですけどね」と長谷川氏。<br />
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「もう少し時間をかけて探したい」と徳吉氏。<br />
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ふたりは、まだ言語化に至りませんでした。いや、もしかしたら、本当はその言葉を持っているのかもしれないと疑うのは勘繰り過ぎか。<br />
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「僕たちは、感覚的なところがありますからね(笑)」と、ふたり。<br />
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いつか、その解を聞いてみたい。</p>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121859_6822ba2382c89" alt=""></p><figcaption>「ALTER EGO」最終日には、「傳」からは長谷川氏以外にも多くのスタッフが参画。再オーオプンは、2025年7月予定。神保町に新たな風景が生む。</figcaption></figure>
<figure><p><img src="https://www.onestory-media.jp/images_public/4438_20250513121859_6822ba2350bd0" alt=""></p><figcaption>「Ristorante TOKUYOSHIを続けていたら、自分は何も残すことができなかったかもしれない」と徳吉氏。「君子は日に三転すではありませんが、目指すゴールは変わっても良い。止まらないことが大事」と長谷川氏。多くの経験から練り出されたふたりの言葉は、重く、深い。</figcaption></figure>
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Photographs：KENTA YOSHIZAWA<br />
Text：YUICHI KURAMOCHI</p>

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